“紙のようなレンズ”の実力がとんでもない

実験の中心となったのは、直径約100 mm、厚さわずか2.4 µmのマルチレベル回折型レンズ(MDL)です。
焦点距離は200 mmに設定され、可視光域(400~800 nm)の広い波長範囲で効率良く光を集められるよう設計されました。
従来の曲面レンズでは、大口径でありながら色収差を抑えるには複数枚のレンズを組み合わせる必要がありますが、研究チームは逆設計(インバースデザイン)と呼ばれるシミュレーション手法を用いて、単一の平面構造でこれを可能にしています。
製造には、グレースケール・リソグラフィという微細加工技術が用いられました。
これは微小な段差を高精度で刻むことで、従来のフレネルゾーンプレート(FZP)とは一線を画す多層構造を形成し、色収差を極力減らす効果があります。
完成したMDLの実力を確認するため、まずは点像再現性の評価(ハイパースペクトル・ポイントスプレッドファンクション解析)を行ったところ、広い波長帯にわたってほぼ同一のスポットサイズで光を結像できることが確認されました。
さらに実際の撮影実験では、最大181 lp/mmという非常に高い空間周波数まで解像できることが示されています。
次に、実際の天体撮影として月と太陽のイメージング実験が行われました。
月の撮影ではクレーターや地質的な特徴を識別できるほどの解像度が得られ、カラー画像を後処理で強調することで、月面の色味から読み取れる地質成分の差異がよりはっきりと示されています。
太陽の撮影では、黒点などの模様を捉えることに成功し、色再現性も高いレベルで保たれていることがわかりました。
さらに、都市景観など地上の遠景を撮影した結果も報告されており、望遠用途として十分な画質と彩度を得られることが示唆されています。
また、研究チームはこのMDLを既存の屈折レンズと組み合わせ、ハイブリッド望遠鏡を試作しています。
これにより、複雑な多枚数レンズを必要としない大口径システムの構築が可能となり、大幅な軽量化を実現したといいます。
この軽量化は特に、航空機や衛星、宇宙望遠鏡など、重量制限が厳しい分野で大きなメリットをもたらします。
実験結果を総合すると、大面積かつ超薄型のMDLが「実用的なカラー撮影」をこなせる段階にまで到達したことが明確になり、長距離・天体観測の分野に新たな設計指針を提示したといえるでしょう。