暗黒物質崩壊の証拠を探る

私たちが肉眼や通常の望遠鏡で見ることができる“ふつうの物質”は、実は宇宙全体のごく一部にすぎないと考えられています。
むしろ大部分を占めているらしいのが「暗黒物質」という、まるで舞台裏で暗躍するかのように直接は見えない存在です。
銀河が予想以上に速く回転していることや、重力レンズと呼ばれる光の曲がり方などから「暗黒物質は確かにあるらしい」と確信されて久しいのですが、その質量や相互作用、寿命など、肝心な部分はいまだ解明されていません。
そこで近年、有力な候補として注目を集めているのが「Axion-like Particle(略してALP)」です。
もしALPが暗黒物質なら、わずかに崩壊して光(フォトン)を放出する可能性があるのではないか、と理論的に示唆されています。
質量は0.01 eVから数eVくらいまで幅広く考えられ、このあたりのエネルギー帯で光が出ていれば、近赤外線の波長で“線スペクトル”として観測できるというのが一つのヒントです。
実は四十年ほど前にも、「暗黒物質がeVスケールの質量をもっていて、熱的に生成されたのではないか」という説が一部で唱えられてきました。
しかし、この程度に軽い粒子が本当に存在するかどうか確かめるには、高い感度と分解能をあわせ持つ分光観測が欠かせません。
そこでジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)やMUSEといった装置が活躍していますが、銀河中心部などは星やガス、背景放射が混ざりすぎていて“暗黒物質が出す光”だけを取り出すのは簡単ではないのです。
そこで新たに注目されているのが、暗黒物質の割合がとても高く、邪魔になる明るい天体がほとんどない「矮小銀河(dSph)」に目を向ける手法です。
なかでも超低光度のLeo VやTucana IIのような矮小銀河なら、もし暗黒物質が二次的な光を放っていればより見つけやすいと考えられます。
こうした背景から、「崩壊で生まれる微弱な光を高分散でピンポイントに探れば、暗黒物質の正体にグッと迫れるのではないか」というアイデアが生まれました。
そこで研究者たちは6.5mマゼラン望遠鏡に搭載された近赤外線高分散分光器WINEREDを使い、実際にLeo VやTucana IIの中心付近を狙って観測。
暗黒物質由来の線スペクトルが潜んでいないか、徹底的に調べることにしたのです。