人間の細胞を殺しその膜をまとって偽装する侵略的寄生虫
人間の細胞を殺しその膜をまとって偽装する侵略的寄生虫 / Credit:clip studio . 川勝康弘
biology

人間の細胞を殺しその膜をまとって偽装する侵略的寄生虫

2025.05.16 21:00:20 Friday

まるでホラー映画のクリーチャーのように、ヒトの細胞を“かじり取って”殺し、その膜を奪って自分の体を覆い隠す――

アメリカのカリフォルニア大学デービス校(UC Davis)で行われた研究によって、赤痢アメーバが「他人の皮膚をまとって免疫の目を欺く」驚異のメカニズムと、それを下支えする異常なゲノム構造・RNA干渉ネットワークの全貌が捉えられました。 

赤痢アメーバと言えば、多くの人がお腹を壊す「赤痢の原因」という程度の認識しか持たないかもしれませんが、このアメーバには先に述べたような人間の細胞を模倣する恐ろしい擬態能力があるのです。

しかも、その謎めいた振る舞いには、私たちが教科書で習った“ふつう”の遺伝子構造とはまったく異なる特徴――染色体の一部が過剰になったり不足したりする不均一な倍数性――まで関わっているといいます。

いったいこの「ヒトの細胞の皮を被ったバケモノ」はどのようにして免疫システムをすり抜け、私たちを苦しめるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年4月17日に『Trends in Parasitology』にて発表されました。

Wily Parasite Kills Human Cells and Wears Their Remains as Disguise https://biology.ucdavis.edu/news/wily-parasite-kills-human-cells-and-wears-their-remains-disguise
Work with me here: variations in genome content and emerging genetic tools in Entamoeba histolytica https://doi.org/10.1016/j.pt.2025.03.010

思ったよりえげつないことをしている「赤痢アメーバ」

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Credit:Katherine Credit:

赤痢アメーバは、古くから赤痢の原因として知られるだけでなく、人間の免疫を巧みにすり抜ける性質がある寄生虫としても注目されてきました。

世界保健機関(WHO)の推計では、年間およそ5000万人が感染し、最大で7万人以上が亡くなるともいわれています。

感染後に腸内で増殖するだけでなく、肝臓など他の臓器へ侵入し、重篤な症状を引き起こすケースもあります。

にもかかわらず、たとえばマラリアや結核など他の感染症と比べると、研究の優先度は低く、驚くほど多くの部分が未解明のまま残されてきました。

近年の観察によって、赤痢アメーバがヒトの細胞を“かじり取る”ように破壊する動きを見せることが分かってきました。

一部の研究者たちは、この微生物を「スキンウォーカー(Skin-walker)」と呼ぶほど巧妙な免疫回避能力があると指摘しています。

“Skin-walker” はもともと ナバホ族の伝承に登場する邪悪な魔術師(yee naaldlooshii)の俗称で、「他者の皮をまとって姿を変える者」というニュアンスをもつ形容です。

このかじり取りによって、寄生虫の外面が“ヒト由来”の分子に覆われるため、本来ならすぐに攻撃されるはずの寄生虫が免疫に発見されにくくなるのではないかと考えられています。

ただし、赤痢アメーバが実際に何をどうやって奪うのか、そしてどのような遺伝子がかかわるのかについては、これまで詳細がはっきりしませんでした。

さらに、赤痢アメーバが示す“不均一な倍数性(アニュープロイディ)”やRNA干渉(RNAi)が、どれほどこの寄生虫の変身能力や免疫逃避に影響しているのかも大きな謎のままです。

そこで今回研究者たちは、顕微鏡を使って赤痢アメーバの偽装の過程を詳細に暴くとともに、遺伝子解析、RNA干渉の評価など多角的な手法で総合的に検証し、その免疫回避メカニズムを突き止めようと試みました。

次ページ「ヒトの細胞の皮を被ったバケモノ」の真実

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