「ヒトの細胞の皮を被ったバケモノ」の真実

研究者たちはまず、赤痢アメーバがヒト細胞にどのように接触するのかを顕微鏡で観察し、その動きを詳細に記録しました。
すると、寄生虫はヒト細胞の表面に取り付くと、小さな断片を“かじり取る”ように切り離し、まるで「皮膚」や装飾品のように身につけているかのように見えたのです。
これは外膜を破るだけではなく、細胞質の一部を含む“塊”をちぎり取っており、先行研究で示唆されていた“偽装”行為を裏付ける決定打となりました。
次に研究チームは、この免疫回避をさらに探るため、赤痢アメーバの遺伝子レベルの特性を調べることにしました。
注目されたのが、“アニュープロイディ”と呼ばれる不均一な倍数性です。
通常の生物では、細胞分裂のたびに染色体の数が等しく増えますが、赤痢アメーバの場合は特定の染色体が過剰に複製されていたり、逆に少なかったりと、不規則な状態が観察されました。
それでも寄生虫自体は問題なく活動しており、大きな遺伝子異常が見当たらなかったのです。
この矛盾を解くカギとして研究者たちが着目したのが、RNA干渉(RNAi)という遺伝子サイレンシングの仕組みです。
RNAiには、増えすぎた遺伝子の働きを抑制しながら、必要な遺伝子を補うように調節する力があると考えられています。
そこで赤痢アメーバが、どの遺伝子をどの程度働かせているかをモニタリングしたところ、染色体の配分にばらつきがあってもRNA干渉が活発に行われ、必要なタンパク質をほぼ無駄なく生産している形跡が見つかりました。
これらの結果から、赤痢アメーバはヒト細胞をかじり取って取り込むことで偽装を行い、さらに通常の生物とは異なるアニュープロイディやRNA干渉を組み合わせて柔軟に遺伝子を制御している可能性が高いといえます。
一部の研究者が「スキンウォーカー」と呼ぶほど神出鬼没な姿をとれるのも、この巧妙な仕組みこそが大きな要因なのかもしれません。