量子もつれを“2段重ね”にする意味

では具体的に、研究チームはどのように原子を超量子もつれさせたのでしょうか。
実験に使われたのはストロンチウム原子(アルカリ土類元素の一種)です。
これらの原子を39本のレーザー光で構成された「光学トラップ(光のピンセット)」に閉じ込め、一直線に並べました。
光の力で原子を一つずつ捕まえて配列するこの技術は光学トゥイーザー(光ピンセット)と呼ばれ、近年の量子コンピューティングや精密計測で活躍しています。
しかし、どんなにレーザーで冷却しても原子はわずかにプルプルと振動する(熱による“じたばた”運動)ため、完全には静止させられません。
この微妙な振動は量子状態の制御を乱すノイズとなり、長年研究者を悩ませてきました。
研究チームはこの「厄介者の振動」を逆手に取るという発想の転換を行いました。
まず、原子を従来法より一段優れた方法で極限まで冷却し、ほとんど動かない状態にします。
鍵となるのは「エラージャ冷却(erasure cooling)」と呼ばれる新手法です。
これは一種の「いちいち測って訂正」する手法で、装置内の原子の運動エネルギーを一つひとつ測定し、それに応じて個別に操作を加えて振動を取り除くことにより、全体を冷却するというものです。
非常に手間がかかりますが、確実に全体を冷却するのにあたり非常に有効な手法です。
研究チームによれば、この方法は従来のレーザー冷却だけを用いた場合を大きく上回る精度で原子を静止状態に近づけられるといいます。
こうしてほぼ完全に静止した状態まで冷やすことに成功し、温度にして絶対零度(-273.15℃)にごく近い極低温に到達しました。
次に研究者たちは、静止した原子に対してあえてわずかな“揺らぎ”を与える操作を行いました。
それは、原子をあたかも振り子のように小さく揺り動かすことで、量子力学に基づく重ね合わせ(スーパーポジション)の振動状態を実現するためです。
振幅は数十ナノメートル程度と推測され、ごく小さいものですが、原子にとっては確かに揺れとして認識されます。
この状態を解説するなら、ちょうどブランコを両側から同時に押すようなイメージに近いでしょう。
こうした振動の重ね合わせを与えられた複数の原子たちは、ペアになるよう隣同士で量子もつれ状態を作り出されました。
具体的には、ある原子Aの振動状態と、少し離れた位置にある原子Bの振動状態とがもつれ合い、お互いの運動がミクロの振り子同士で同期するような相関関係が生まれたのです。
距離にして数マイクロメートル離れていても、量子もつれによって振動のパターンが結び付きます。
そして最後の決め手として、各原子の内部の電子状態(エネルギー準位)についてもペアで量子もつれさせました。
これにより、原子Aと原子Bは「運動状態」と「電子状態」の二つの自由度で同時にもつれたことになります。
振動のパターンでもペア、内部状態でもペア──二重にもつれた超量子もつれペアというわけです。
運動状態でも電子状態でも「もつれる」とは?
イメージとしては、二つの小さな鈴が同じテンポでチリンチリンと振れているようなもので、もし A が「右➔左➔右」と動けば、B も必ず同じタイミングで「左➔右➔左」と動きます。(※この場合は逆の動きにもつれるように調節した場合です。Aと同じようにBも「右➔左➔右」という関係にもつれさせることも可能です)
一方、電子状態は原子内部の電子が持つエネルギーの段やスピンの向きを指し、極小の磁石が上向きか下向きかで情報を運んでいるようなものです。ここでも A の電子が上を向けば B の電子は同時に下を向く、あるいはその逆(Aが下でBが上)や同期(AもBも同じ向き)に必ず呼応します。つまり二つの原子は、外側の揺れ方でも内側の電子の向きでも常に相手とリンクしており、振動でもペア、電子でもペアという「二重にもつれ」が完成したわけです。
研究チームはこのハイパーBell状態(Bell状態とは2量子ビット間の完全なもつれ状態を指す言葉で、その二重版といえるもの)を高い精度で実現したと報告しています。
今回の成果は質量を持つ粒子系での超量子もつれとしては初めての実証となり、従来は光子でしか成し得なかった領域に踏み込んだ点が画期的です。
共同第一著者のアダム・ショー博士によれば、「どこまで原子を精密に制御できるか、その限界に挑戦する中で、運動と電子状態を同時にもつれさせることが可能だと示せたのが大きい」ということです。
電子(内部状態)だけでなく、原子全体の外部運動を自在に扱えるようになったことで、まさに量子の世界で“原子を手玉に取る”離れ業を見せた形だといえます。