2万年前にクジラの骨で道具を作っていた
今回の報告の舞台となるのは、フランス西岸〜イベリア半島の北岸に広がる「ビスケー湾」です。
ビスケー湾は今も多くのクジラやイルカが集まる海域として知られていますが、2万年前のこの海がすでに豊かな生態系を持ち、人類とクジラとの「接点」になっていたとは、これまで知られていませんでした。
今回の研究で分析されたのは、スペイン北部や南西フランスの洞窟遺跡から発見された83点の加工済みクジラ骨の道具と、90点の未加工のクジラ骨です。
これらは長年、博物館に保管されていたもので、当初はあいまいな視覚的判断で「おそらくクジラ骨だろう」と分類されていたにすぎませんでした。
ところが研究チームは近年開発されたZooMS(質量分析によるタンパク質種同定)という手法を用い、これらの骨の正体を明らかにしました。
結果、少なくとも以下の6種のクジラ類の骨が含まれていることが判明したのです。
・ナガスクジラ
・マッコウクジラ
・コククジラ
・シロナガスクジラ
・ネズミイルカ類
・セミクジラまたはホッキョククジラ

このうち、旧石器時代の遺跡で確認されたことがあったのはマッコウクジラだけ。他の種はすべて、今回が初めての発見でした。
さらに放射性炭素年代測定により、これらのクジラ骨は約2万〜1万4000年前に使用されたものであり、特に1万7500年〜1万6000年前にかけて多くの道具が作られていたことがわかりました。
クジラの骨で道具を作ったのは、約1万2000〜2万年前にビスケー湾沿岸部を含む西ヨーロッパに広く分布していた「マグダレニアン文化」の人々だと考えられています。
なぜ彼らはクジラの骨を道具に選んだのでしょう?
分析された道具の多くは、投射用の槍の穂先の部分でした。
とくにマッコウクジラの骨で作られたものが多く見つかっており、その堅くて真っ直ぐに長い骨は、加工しやすく、強度にも優れていたと考えられています。
これらの道具の形状や作り方は、トナカイやアカシカの角を使った通常のマグダレニアン文化の狩猟具とほぼ同じであり、当時の人々がクジラ骨を「特別な素材」として利用していたことがうかがえます。