5分で起きた“首切り”ショック

研究チームはまずマウスを使った動物実験で、トキソプラズマが雄の生殖器官に侵入・定着できるかを調べました。
マウスに寄生虫を感染させたところ、感染から2日後には精巣および精巣上体(精子の通り道で成熟・蓄えられる器官)に寄生虫が到達していることが確認されました。
さらに摘出した組織を別のマウスに接種すると感染が成立し、生殖組織内で寄生虫が生き延びていたことが示されました。
(※増殖している可能性も示唆されています)
すなわち、トキソプラズマは短期間で雄の生殖器官に入り込み、その内部で生存して局所的な炎症や組織破壊を招くのです。
次に研究チームは、ヒトの精子に対してこの寄生虫がどのような直接作用を及ぼすかを調べました。
その方法は極めて簡潔であり、試験管内でヒト精子とトキソプラズマ(急性期の活動的な型であるタキゾイト)を混ぜ、その挙動を経時的に観察したのです。
その結果、寄生虫と出会った精子には驚くべき急激な変化が起きました。
なんと寄生虫と接触後わずか5分で、全精子の22.4%に「頭部がない」状態が生じたのです。
トキソプラズマが精子を首切りするメカニズム
トキソプラズマは精子にぴたりと張り付き、自分の体の先端にある“侵入用ドリル”のような装置を突き立てようとします。すると精子の外側の膜に小さな穴が開き、頭部としっぽを結びつけている「首の継ぎ手」が急激に弱くなります。同時に寄生虫は精子のエンジンであるミトコンドリアにも影響を与え、電気のようなエネルギー電位を一気に下げてしまいます。エネルギーが枯渇した精子はしっかりした構造を保てず、自分で自分を壊すアポトーシスと、細胞が崩れ落ちるネクローシスが同時に進行し、首の継ぎ手が切れて頭だけが外れた状態になります。ポイントは、毒素を遠くから浴びせるのではなく“張り付いて穴を開け、動力を奪う”という二段攻撃で、わずか数分のうちに精子を首なしにしてしまう――これが今のところ最も有力なシナリオです。
通常、ヒトの精子は頭部(核DNAを含む先端部分)と尾部(しっぽにあたる部分)からなりますが、寄生虫と遭遇した精子では頭部と尾部が分離してしまい、いわば精子が文字通り「首切り」にされてしまったのです。
この無頭の精子(頭部の取れた精子)の割合は、寄生虫との接触時間が長くなるほど増加しました。
実際に精子と寄生虫を試験管内で遭遇させた後の様子を顕微鏡で見ると、精子の尾部(しっぽ)がねじ曲がったり、頭部の先端に穴が開いているのが確認できます。
穴の開いた箇所には寄生虫が取り付いており、ちょうど寄生虫が精子に侵入しようとして穿孔した痕跡のように見えます。
生き残った精子も正常な形を保てず、多くが先端部にダメージを負ったり奇形化したりしていました。
さらに寄生虫にさらされた精子は、運動や生存に不可欠なミトコンドリアの機能が10分以内に急速に低下し、活性酸素種(ROS)の増加を伴わないまま細胞死が引き起こされることも示されました。
以上の結果から、トキソプラズマはほんの数分という短時間で精子に物理的・機能的な深刻なダメージを与えることが明らかになったのです。