温室効果ガスを“養殖”して食べる――深海クモの衝撃エコ戦略

果たして深海のウミグモたちもメタン菌を利用しているのか?
謎を解明するため研究チームは北米太平洋岸の複数のメタン湧出帯(カリフォルニア沖~アラスカ沖)で深海性のウミグモ類を採集しました。
その結果、集められた個体はSericosura属のウミグモ3種に分類され、いずれも未記載の新種であることが判明しました。
これらウミグモは深海の炭酸塩岩に棲む体長約1 cmほどの半透明な生物です。
次に研究チームは手元にあったメタンやメタノールの炭素を“重い炭素”である炭素-13(炭素同位体)に交換したものを目印とし、これら目印付きを溶け込んだ密閉容器にウミグモたちと一緒に入れました。
もしウミグモたちがメタンやメタノールを「不要」とするなら、水中にある目印付きのメタンやメタノールがウミグモたちの体に蓄積することはありません。
一方でもし本当に「ガス→細菌→動物」というルートで栄養を摂取しているなら、目印付きのメタンやメタノールがウミグモの体に溜まっていくはずです。
結果、ウミグモの組織中で目印(炭素‐13)の濃度が大きく上昇し、メタン由来の炭素がウミグモの体内に取り込まれたことが確認されました。
一方で船上実験と並行して分析した野生個体の炭素同位体比も著しくメタン由来の軽い炭素が多いことを示しており、現地でもメタン起源の有機物を摂取していることが示唆されました。
ウミグモとメタンの関係を探る上で鍵となったのが、ウミグモの体表に付着する細菌たちです。
採集したウミグモ個体を調べたところ、表面の外骨格に多種多様な細菌がびっしりと棲みついていることが分かりました。その中にはメタンを酸化してエネルギーを得る細菌やメタノールを代謝する細菌が数多く含まれており、ウミグモ個体の細菌叢の中で主要な構成要素となっていました。
実際、ある種のメタン酸化細菌(Methylomonadaceae科)はウミグモの微生物群集全体の2~6割を占めており、ウミグモが纏う細菌の「主役」と言えます。
興味深いことに、オスのウミグモが抱える卵嚢(卵のう)からも同じような細菌群が見つかりました。
これは、この細菌が親から子へ受け継がれている可能性を示しており、生まれた子ウミグモも親と同じ細菌との共生関係をすばやく構築できる可能性があると研究者は考えています。
ではウミグモはどのようにして細菌から栄養を得ているのでしょうか。ウミグモ自体はメタンを直接利用できませんが、体表に「膜」のように張り付いたメタン酸化細菌がメタンを消費して増殖し、その細菌をウミグモが歯のような口器で削り取って食べていると考えられます。
実際に、採集した個体の外骨格表面には直径数十マイクロメートルの細菌コロニーが無数に付着し、まるでウミグモが細菌の畑を身にまとっているかのような状態でした。
研究者たちは、この共生システムによってウミグモが間接的にメタンという特殊なエネルギー源を自らの栄養(有機炭素)に変換して取り込んでいると結論付けました。