ニキビ薬成分が“再生GPS”になっていた

レチノイン酸がどのように再生に関与しているのか?
謎を解明するため研究チームはまず、アホロートルの体内でレチノイン酸が実際にどのように働いているかを観察しました。
遺伝子操作により、レチノイン酸の作用している細胞が蛍光緑色に光るアホロートルを作製し、再生中の手足でのシグナル分布を可視化したのです。
その結果、再生中のブラステマ(再生組織)において、肩に近い付け根部分ではレチノイン酸の濃度が高く、指先に近い先端部分では低いことが分かりました。
さらに重要なことに、レチノイン酸を分解する酵素CYP26B1の量は逆に先端で多く、付け根で少ないという勾配が確認されました。
このことは、レチノイン酸の濃度勾配こそが「再生の青写真」の役割を果たし、高いRA濃度の所では“大きなパーツ”を、低い所では“小さなパーツ”を再生するよう細胞に指示している可能性を示唆します。
続いて研究チームは、この仮説を実験的に確かめました。
主な実験結果は次の通りです。
レチノイン酸を過剰に与える操作:
アホロートルの再生中の傷口にレチノイン酸を通常より多く投与すると、本来は「手先」だけ再生すべき箇所に、「上腕や前腕などの近位側の骨格」が余分に形成される現象が起こりました。
いわば再生の暴走で、本来必要以上の部分まで再生してしまうのです。
この「フランケンシュタイン的な」実験により、レチノイン酸が再生する部位の大きさを決定づける要因であることが裏付けられました。
酵素CYP26B1の阻害:
次に、CYP26ファミリー阻害薬(主にCYP26B1を標的とするタラロゾール)を用いて、レチノイン酸を分解する酵素の働きを止めてみました。
すると上記と同様、指先だけの再生で済むはずの箇所で、余分に腕の骨格が形成されてしまう現象が起きました。
これは、酵素によるRAの「分解」が正常な再生には不可欠であり、RA濃度が下がらないと再生が暴走してしまうことを示しています。
研究者たちはもたった1種類の酵素がレチノイン酸を分解して濃度を制御している点に着目しています。
Shox遺伝子の再生における新たな役割の特定:
レチノイン酸が具体的に細胞内でどの遺伝子を動かしているかも調べられました。
特に「ショートホームボックス遺伝子(Shox)」と呼ばれる遺伝子がRAに応答して活性化し、骨の成長に重要な役割を果たすことが突き止められています。
実際にCRISPR-Cas9という手法でアホロートルからShox遺伝子を無効化すると、再生した腕の骨(上腕部や前腕部)が短くなり、末端の指の部分だけが通常サイズで形成されるという異常が起きました。
興味深いことに、人間でもShox遺伝子に変異があると腕や脚が短くなる症状が知られており、サンショウウオの再生機構と人間の発生メカニズムの共通点を示唆しています。
以上の結果から、研究チームは「アホロートルの再生する手足の位置や大きさは、ニキビ薬成分にも含まれているレチノイン酸の濃度によって決まっており、その濃度を調整するCYP26B1酵素が一種の『再生GPS』として働いている」と結論付けました。
失った部位が肩に近ければRA濃度が高く保たれ、「腕全体」を再生するプログラムが動きます。
一方、指先に近い箇所では酵素がRAを素早く分解して濃度を下げるため、「手先だけ」を作るよう細胞に指示が与えられるのです。