なぜ同じBMIでも健康度が違うのか──肥満の遺伝子研究最前線

「同じように食べているのに、どうして私はすぐ太るのだろう?」
「運動をがんばっているのに、なぜか痩せられない。」
そんな悩みを持つ人は少なくありません。
実際、過去30年で子どもから大人まで世界的に肥満が急増しており、多くの人が自分の体型や体重に悩んでいます。
肥満の指標として広く使われているBMI(体格指数)は、体重と身長から簡単に計算できるため非常に便利ですが、実は大きな欠点があります。
例えば、同じBMIでも脂肪が多い人もいれば、筋肉が多い人もいます。
脂肪のつき方にも個人差があり、同じBMIでもリンゴのようにお腹まわりに脂肪がつくタイプは健康リスクが高い一方、洋ナシのように腰まわりや太ももに脂肪がつくタイプは比較的健康リスクが低いことが知られています。
さらに興味深いことに、太っているのに血糖値や血圧が正常な「健康的な肥満」と、肥満に加えて糖尿病や高血圧を伴う「不健康な肥満」が存在します。
こうした現象は経験的に知られていましたが、その理由について明確な答えは出ていませんでした。
一体、同じ「肥満」という言葉で表されるこれらのタイプの違いは、何が原因で生まれるのでしょうか?
実は近年、この謎を解く重要なカギとして「遺伝子」が注目され始めています。
2007年に肥満と関連する遺伝子変異が初めて『FTO』遺伝子内で発見されました。
【コラム】肥満に関連するFTO遺伝子変異とは?
2007年に発見された「FTO遺伝子」とは、人の食欲やエネルギーの使い方に深く関係する遺伝子の一つで、脳の視床下部という部分で特に活発に働いています。この視床下部は、私たちがどのくらい食べるか、いつお腹が空くかといった「食欲」や「満腹感」を調整する司令塔のような役割をしています。このFTO遺伝子に変異(通常と異なる小さな違い)があると、脳での食欲調整が少しだけうまくいかなくなります。具体的には、満腹感を感じるまでにより多く食べてしまったり、高カロリーな食べ物を無意識に好むようになったりする傾向があります。そのため、この変異を持つ人は持たない人に比べて体重が増えやすく、肥満になる可能性が高いことが分かったのです。重要なのは、このFTO遺伝子の変異はごくありふれたもので、実は多くの人が持っているとされています。たとえば日本人を含む東アジア人では約20~30%、欧米人では約40~45%もの人がこの変異を少なくとも1つ持っていると言われています。また、この変異を2つ(両親から1つずつ)受け継いだ人は、1つだけ受け継いだ人よりもさらに太りやすく、持っていない人に比べると平均で約3kgほど体重が増えやすいというデータもあります。このように、FTO遺伝子の変異は決して珍しいものではなく、多くの人が「肥満リスクを高める変異」を持ちながら生活していることがわかっています。この発見によって、肥満は単に自己管理不足だけでなく、生まれ持った遺伝子の影響も大きいことが明らかになり、個人の体質に合わせた肥満の予防や治療方法が求められるようになりました。
この発見は肥満研究の大きな転機となり、その後数百もの肥満関連の遺伝子変異が明らかになっています。
しかし、それらの遺伝子の影響は一つひとつが小さく、多くの遺伝子が複雑に絡み合って肥満を引き起こしているため、肥満の本当の原因は長年掴みにくいままでした。
そこで近年では、BMIだけではなく、腹囲やウエスト・ヒップ比(WHR)、体脂肪率、内臓脂肪の画像診断などを組み合わせ、肥満をより深く理解しようという試みが行われるようになりました。
「BMIはもう古い」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、それはまさにこうした新しい肥満研究の動きを表したものなのです。
しかし、さまざまな指標をまとめて解析するには膨大なデータが必要であり、それを実現できる研究はなかなかありませんでした。
このような状況を背景に、研究チームはこれまでの限界を超えるような規模での肥満の遺伝的要因の調査に挑みました。
複数の肥満関連指標を統合して解析すると、肥満の遺伝的な全体像が見えてくるのではないかと考えたのです。
研究チームが取り組んだこの解析で、肥満には私たちが思っている以上に多くの遺伝的要因があり、それが体質や健康リスクにどう影響するかが見えてきました。
肥満を引き起こす「隠れた原因」を遺伝子レベルで特定することができれば、肥満のタイプごとに、より効果的で個別化された予防法や治療法が提供できる可能性があるのです。