VR世界で病人を「見るだけ」で免疫細胞が活性化していた
VR世界で病人を「見るだけ」で免疫細胞が活性化していた / /Credit:Neural anticipation of virtual infection triggers an immune response
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VR世界で病人を「見るだけ」で免疫細胞が活性化していた (2/3)

2025.08.04 18:00:05 Monday

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仮想世界で起きた免疫反応

今回の研究では、仮想現実(VR)という最新の技術が使われました。

研究チームは、合計248人の健康な大人に協力してもらい、VRの中でさまざまな状況を体験してもらいました。

ただし、全員が同じ実験をしたわけではなく、行動の反応を見る実験や、波(EEG)を測る実験、血液を調べる免疫実験、脳の画像を撮るfMRI実験など、それぞれの内容に応じて異なるグループが参加しました。

VRの中で参加者は、人の顔がだんだんと自分に近づいてくる映像を見ます。

顔の種類にはいくつかあり、ふつうの表情の人もいれば、発疹(はっしん)などの病気のサインが見える人、さらには怖がっているような不安そうな表情の人もいました。

実験では、まず全員がふつうの顔を見た後、それぞれのグループごとに別の種類の顔を何度か見るように設定されていました。

参加者たちは、病気のサインがある顔を見たとき、「この人は感染しているかもしれない」と自然に感じることがわかっていて、実際にそのような顔からは無意識に距離を取りたくなる傾向があったそうです。

研究者たちは、こうした見た目の違いが私たちの体にどんな影響を与えるのかを調べるため、ある実験を行いました。

それは、アバター(仮想の人物)が近づいてくる間に、参加者の顔に小さな振動のような刺激を与え、どれだけ早くボタンで反応できるかを測るというものです。

このテストでは、相手に対する「警戒心」がどれくらい高まっているかを知ることができ、特に自分の体のすぐ近くの空間(パーソナルスペース)をどう感じているかがわかるのです。

結果として、「病気の顔」のアバターが近づいてきたときには、まだ遠くにいても反応が早くなり、「早めに身構える」ような状態になっていたことが確認されました。

これは、他の顔(ふつうの顔や恐怖の表情)と比べても明らかだったそうです。

面白いのはここからです。

仮想世界で起きた免疫反応
仮想世界で起きた免疫反応 / この研究で行われた「VRで病気の人を見る体験」や「ワクチン接種」が、実際に体の免疫細胞にどんな変化をもたらしたのかを示しています。まず左上のパネルaでは、実験の流れが描かれています。すべての参加者は最初に“健康そうな人”のアバターを見て、その直後に血液検査を受けます。その後、グループごとに「病気の人のアバターを見る」「再び健康そうなアバターを見る」「怖がっている顔のアバターを見る」など、異なるVR体験をし、もう一度血液検査を受けます。また別のグループでは、VR体験のかわりにインフルエンザワクチンを受けて血液が調べられました。つまり「病気の人を見る」だけの反応と、「実際にウイルス(ワクチン)が体に入る」反応を比べたのです。 次のパネルbは、実際にどんなふうに免疫細胞を調べたかを表しています。血液から「白血球」を分けて、さまざまな薬品や色素を使い、どの細胞がどれだけいるのかを詳しく分析しました。このとき、「自然リンパ球(ILC)」という種類の細胞に注目しました。これは体の“最前線”で敵と戦う細胞です。 パネルcは、VR体験やワクチン接種の前後で、自然リンパ球(ILC)がどのくらい増減したかをグラフで示しています。左から「健康なアバターを見た人」「病気のアバターを見た人」「怖がっているアバターを見た人」「ワクチン接種を受けた人」という順で棒グラフが並び、病気のアバターを見た人やワクチンを受けた人ではILCがはっきり増えていることがわかります。 パネルdは、自然リンパ球の“活発さ”を比べています。たんに数が増えるだけでなく、「敵が来たぞ!」と本気モードに切り替わる細胞が増えていることを意味します。ここでも、病気のアバターを見たグループとワクチンを受けたグループで活発な細胞が多くなっていました。 パネルeとfでは、同じ実験を別のグループでもう一度行い、「健康なアバター」と「病気のアバター」だけに絞って比べています。やはり病気のアバターを見た人の方が、自然リンパ球の数も活発さも高くなりました。これによって結果の信頼性がさらに高まりました。 最後のパネルgは、「自然リンパ球の数」と「活発さ」がどれだけ一緒に変化しているかを表しています。両方がセットで増える人が多いことが、グラフの点が右上がりに並んでいることでわかります。つまり、病気の人を“見るだけ”で体の防御細胞が数も働きもアップし、しかもその反応はワクチン接種とよく似ている、ということが読み取れます。/Credit:Neural anticipation of virtual infection triggers an immune response

このような身体の反応が、脳の中ではどのように起きているのかを知るために、別の実験では脳波とfMRIが使われました。

これらの実験は別々の参加者に対して行われましたが、どちらの結果からも共通したことがわかりました。

まず脳波のデータを分析したところ、病気の兆候を持つアバターが近づいてきたときには、ふつうの顔のときよりも早い段階で、脳の反応が強くなっていました。

脳が「これは危険かもしれない」と素早く判断していたのです。またfMRIのデータでは、脳の中で「危険を検知するネットワーク」と呼ばれる部分と、体の内部の働きをコントロールする視床下部(ししょうかぶ)が強くつながっていることがわかりました。

この視床下部は、ホルモンや免疫の調整にも関わっていて、ここが動き出すということは、脳が「免疫システムに準備をさせている」サインかもしれません。

さらに、研究チームはVR体験の前後で参加者の血液を採取し、体の中で実際にどんな変化が起きているかを調べました。

その結果、病気のアバターを見た人たちの体では、「自然リンパ球」と呼ばれる免疫細胞が活性化していることがわかりました。

これは、体内にウイルスなどの異物が入ってきたときに、最初に警報を鳴らすような役割をもつ細胞です。

面白いことに、この反応は、実際にインフルエンザワクチンを受けた人たちと同じようなパターンを示していました。

つまり、VRの中で病気の人を見ただけで、体の免疫が「本物の感染」に備えて動き出していたというわけです。

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