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災害警報の“オオカミ少年効果”と正義心の批判が次の被害を拡大する

2025.08.10 12:00:38 Sunday

災害は起きないに越したことはありません。とはいえ、警報に従って避難したのに、何も起こらないと「わざわざ予定を変えて逃げたのに…」という気分になる人も少なくないでしょう。

先日、カムチャッカ半島沖で発生した大地震でも、気象庁は北海道から東海にかけて広い範囲に津波警報を出しましたが、結果として津波はごく小規模で、大きな被害は報告されませんでした。

この日は日中の気温が非常に高かったため、屋外の高所へ避難した人の中には、素直に避難してバカをみたと感じてしまう人もいたかもしれません。

また「どうせ大したことないだろう」と避難しない人もいました。SNSではそんな避難をしなかった人に対して「常識がない」と批判の言葉を投げかける声もあれば、「曖昧な予測で警報を出すな」と行政への不信をつぶやく人もいます。

たとえ被害が出なかったとしても、警報が必要であること、警報に従って避難しなければならないことは議論するまでもありませんが、ただ問題は災害が予想より小規模に終わったり、警報が空振りになった場合、次の災害で人々が適切に行動できなくなる恐れがあるということです。

誰しも「オオカミ少年」の童話を知っています。繰り返しの“警報”はやがて信頼を失い、人々はそれを無視するようになる恐れがあります。

避難しない人が非難されたりすると、人々の間には“正義感”と“反発心”の対立が生じ、次に警報が出たときに指示に従わない人が増える恐れもあるのです。

本記事では、最新の研究をもとに、こうした「空振り警報」が私たちの心と行動にどんな影響を与えるのか、に関する報告を紹介していきます。

Communication of emergency public warnings: A social science perspective and state-of-the-art assessment https://doi.org/10.2172/6137387 Crying wolf: Repeat responses to hurricane evacuation orders https://doi.org/10.1080/08920759809362356 Public Complacency under Repeated Emergency Threats: Some Empirical Evidence https://doi.org/10.1093/jopart/mum001

なぜ警報の空振りが人々を疲弊させるのか

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災害警報は、危険が差し迫ったときに人々の命を守るために発せられる重要な情報です。

確実に人々を安全な場所に誘導するために警報は、被害規模を最悪の状況に併せて見積もる必要がありますし、避難の時間を十分に確保するためにもできる限り早く出す必要があります。

そのため、警報の予想より災害の規模が小さかったり、空振りに終わることもありますが、むしろそれは喜ぶべきことです。

しかしそうした場合、現実には「結局、大したことなかったじゃないか」という批判が繰り返されるようになります。こうした現象は心理学では「オオカミ少年効果(Cry Wolf Effect)」と呼ばれ、警報が外れる経験が続くと、人々が次第に警報に注意を払わなくなるとして警戒されています。

たとえば、1998年に発表された研究では、米国サウスカロライナ州の住民が、ハリケーンに関する避難命令に対して徐々に無関心になっていく様子が報告されています。同様の事例は、2008年に発表されたフロリダ州で繰り返されたハリケーン警報の影響でも報告されおり、多くの人々は空振りし続ける警報に対し、危機に備える意欲を失っていくことが示されています。

このような心の状態は「コンプラセンシー(Complacency:油断)」と呼ばれ、警報が出されても「どうせ何も起きない」と高をくくる気持ちが、災害時の準備や避難の遅れに直結します。

こうした“油断”が起きるのは、警報の持つ「確実性のなさ」に起因します。

たとえば津波や地震の警報は、数分から数十分という極めて短い時間の中で判断を迫られるため、予測には必ず誤差が生じます。気象庁もその点を理解しており、万が一に備えて「念のため」の警報を出すことも少なくありません。

これは、いわば“リスクを最小化するための勇み足”なのですが、一般の人々にとっては「狼が来るぞ」と言い続けて何も起きない状況と同じに見えてしまうのです。

社会学者マイレティらがまとめた報告書では、警報の頻度が高く、かつその多くが空振りだった場合、受け手の「信頼感」や「緊張感」は次第に鈍くなるという現象が詳しく記されています。しかも、それが何度も繰り返されると、「今度も大丈夫だろう」と自己判断してしまい、いざ本当に避難すべきときに行動できなくなるのです。

このようにして私たちの中には、「警報慣れ」や「警戒疲れ」とも言える心理的な反応が育っていきます。それは怠惰なわけでも自己中心的なわけでもなく、私たちの脳が「繰り返しの無害な刺激」に対して自然に生み出す“防御反応”とも言えるものです。

けれど、自然災害においては“1回の油断”が命取りになることがあります。だからこそ、空振りを「無駄だった」と片づけずに、「命を守れたから良かった」と捉えられるようになる必要があります。

また現代ではSNS上の反応も、人々の避難行動を妨げる恐れがあります。

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