なぜ苦情の多さともらうお金が相関するのか?

患者の苦情と業界からの謝礼という、一見無関係にも思える二つの要因が結び付いた今回の結果は、医療の現場に大きな示唆を与えます。
医師にとって患者の信頼を損ねることと、経済的な利害関係で公正さを損なうことはどちらもプロ意識に反する重大な問題ですが、この研究は一部の医師がその二重のリスクを同時に抱えている可能性を示しました。
論文では、患者からの苦情と業界からの支払いが同じ医師に多く見られる理由として、偶然ではなく共通の要因がある可能性を示唆しています。
著者らは、自分の利益を患者の利益より優先するような医師は、患者への配慮を欠いて苦情を招きやすく、同時に業界からの金銭的な誘いにも応じやすいと述べており、この2つは「同じコインの裏表」のような現象だとしています。
また、苦情の多さも利益相反の多さも、いずれも職業倫理や専門職としての規範意識の低下を示すサインと考えられています。
あえて極論すれば、「患者を泣かせて自分と業界を笑わせる医師」が存在する可能性があるわけです。
こうした二重リスクを持つ医師の存在は、医師個人の倫理観だけでなく医療界全体のプロ意識や透明性がこれまで以上に問われる状況だと考えられます。
【コラム】医師に贈り物をした業界は何を得ているのか?
これまでの研究を見てみると、製薬会社や医療機器メーカーなどの業界は、医師にお金や贈り物をすることではっきりとした見返り(リターン)を得ていることがわかってきました。それは、お金を渡した企業の薬や医療機器が使われることが多くなる、という現象です。たとえばある研究では、医師が企業から提供された1回の食事(多くは20ドル未満)だけでも、その企業の薬を処方する割合が上がることがわかりました。とても小さな金額でも効果があったという点が驚きです。つまり、こうした支払いは、少ないお金でしっかり効果が出る販促手段になっている可能性があります。また、業界から支払いを受けている医師ほど、値段が高いブランド薬を選ぶ傾向があり、安いジェネリック薬ではなくなることで医療費が高くなる心配もあると指摘されています。しかし、メーカーにとっては高い薬が選ばれることで、売上や利益が増えるというメリットがあります。ほかにも、昔からある印象的な研究では、企業が旅費などを出して行った学会イベントに医師が参加したあと、その企業の薬の使用がはっきり増えたという結果も出ています。つまり業界のねらいは、「1回だけ買ってもらう」ことではなく、「現場で日常的に使ってもらう」ことにあるのです。一度医師が使い慣れれば、その後も続けて使われる可能性が高くなり、企業にとっては長く利益が見込めるわけです。使い慣れるという点では医療機器においても同様でしょう。今回の研究も含め、こうした研究の多くは、医師の行動と支払いとの相関関係を示すものであり、「確実に影響した」とまでは言えないことに注意が必要です。それでも、国や地域が違っても同じような結果が何度も出ていることや、薬の売上やシェア、価格の組み合わせなど業界が得る利益につながる仕組みも十分に考えられるため、社会の中でこの問題をどうするかを考える動きが続いています。
では、私たちはこの問題にどう向き合えばよいのでしょうか?
研究の著者らは、まず医師と企業の経済的な関係を厳正に精査・管理する利益相反管理の重要性を強調しています。
支払いの開示徹底や高額な謝礼の制限など制度面の透明性向上は、患者の信頼を守る上で欠かせません。
そしてそれと並行して、患者から苦情が多い医師に対しては同僚医師からの段階的介入といった“人間系”のアプローチも導入すべきだと示唆しています。
実際、苦情リスクの高い医師に対し同僚がフィードバックを行う段階的介入モデルが取られたところ、その後の苦情件数や医療過誤訴訟のリスクを減少させ、プロフェッショナリズムの向上に効果を上げたとされています。
こうした人間による監督・指導と組織的な利益相反管理の双方からの対策によって、医師が患者本位の姿勢を維持できるよう支援することが重要です。
医療における最優先事項はあくまで患者の幸福と安全であり、その信頼を損なうような要因は二重であれ何であれ、見過ごすことはできません。
今回の研究は、医療従事者自身と社会全体に対して、医師の倫理と責任について改めて考える機会を突き付けていると言えるでしょう。