その差はどこから生まれるのか
無料で楽しめる課金系のコンテンツにお金を払う人と払わない人の差は、単純にその人の財産の余裕から生じているわけではありません。そこにはマテリアリズム傾向が関係していると考えられます。
では、このマテリアリズム傾向というものは、どこから生じるものなのでしょうか?
大きな要因となるのは、自己評価の低さや心理的不安です。
Chaplin & John(2007)の研究では、子どもや若者において自己肯定感が低いとき、物質的所有を幸福の源とみなす傾向が強まることが示されました。さらに自己肯定感を高める介入を行うと、マテリアリズム傾向が低下することも報告されています。
つまり「自分に自信が持てないときほど、外部にアピールできる形の消費に価値を感じやすい」という構図です。
またマテリアリズム傾向との関係で注目されているのが、相対的剝奪感(personal relative deprivation)です。これは「自分が他人より恵まれていない」と感じる主観的な感覚のことで、実際の収入や地位とは必ずしも一致しません。
イギリスの研究チーム(Kim, Callan, & Gheorghiu, 2017)は、この感覚とマテリアリズム傾向(materialism)の関係を4つの調査・実験で検証しました。結果は一貫して、相対的剝奪感が強い人ほど「自分の地位や豊かさが外部へ可視化できる消費(ブランド品・高級サービス・派手な消費)」に価値を感じやすいことが示されました。
この研究の中では、参加者に自分より裕福な人物と比較させると、相対的剝奪感が上昇し、それがマテリアリズム傾向の強まりにつながることが確認されました。逆に、自分より貧しい人物と比較した場合、この効果は見られませんでした。つまり、上方比較によって「自分は劣っている」という感覚が芽生えると、人は消費を通じて自己価値を補おうとする傾向が強まるのです。
このような心理は、スパチャやガチャのように結果が可視化され、他者からの承認が得られやすい消費行動と非常に相性が良いと考えられます。承認や達成感がすぐにフィードバックされるため、「ここで行動すれば劣った立場を補える」という感覚が強まりやすいのです。

これは意思決定のスタイルにも影響を与えます。心理学では、情報を集めて計画的に比較検討するシステマティック思考と、直感や感情に基づいて素早く判断するヒューリスティック思考という2つの傾向があるとされます。
システマティック思考の人は、購入や投資といった行動を「今使うべきか、それとも将来に回すべきか」という長期的視点で判断します。対してヒューリスティック思考の人は、瞬間的な感情や直感を重視し、「今この瞬間が楽しいかどうか」を優先する傾向があります。
このヒューリスティック思考と結びつきやすいのが、FOMO(Fear of Missing Out:機会損失の恐れ)です。
FOMOとは、「この機会を逃したら二度と手に入らないかもしれない」「今参加しないと取り残されてしまう」という感覚で、希少性を強調する演出や期間限定キャンペーンなどが典型的な引き金になります。この心理が働くと、人は冷静な比較検討をする前に「今行動しなければ」という衝動が強まり、瞬間的な支出を決断しやすくなります。
こうして見るとマテリアリズム傾向が高い人やヒューリスティック思考を持つ人には、ネガティブな印象を受けてしまいますが、何もこの傾向が悪いというわけでもありません。
マテリアリズム傾向が高い人は、長期的に貯蓄を目指す人よりも明確な消費目的を持つため、自身の気分を盛り上げたり仕事のモチベーションを維持しやすく、またヒューリスティック思考は意思決定が速く機会を逃しにくいというポジティブな要素があります。
逆にマテリアリズム傾向が低い人や、システマティック思考の人は、慎重な分、即断即決が求められる場面では意思決定が遅くなり、チャンスや楽しみを逃す可能性があります。また、変化への対応や気分の切り替えが遅れるため、環境の変化が激しい状況に対処しづらいというネガティブな側面もあります。
そのためどちらがいい、悪いということではありません。
日常的な消費行動では、計画性のない出費や依存的な課金行動はリスクがあります。逆に慎重すぎて日々の楽しみを逃し気分が重苦しくなる恐れもあります。こうした心理傾向を理解して、自分の行動を省みるとちょうどいいところで、毎日を楽しめるようになるかもしれません。
materialism は見栄っ張りのことですよね?
それから、「環境の変化が激しくて即断即決が求められる状況」と言及されているのは、最適解が確率的にしか決定できないという条件が(わざと?)書かれていませんよね?最適解をあらかじめ一意に決定できない場合、えいやっと決断したら決断が外れの場合は被害や逸失利益があるわけで、リターンの平均値はとくにより高いわけでもなく、リスク(リターンの標準偏差)が大きくなるだけでは?
スパチャするのはマテリアリズムとは逆の傾向の動機ではないでしょうか?
スパチャは「いつも配信ありがとう、これからも活動頑張ってください」という感謝と応援であり、ブランドバッグやスーパーカーや高層マンションといった、他者にひけらかしたいマテリアリズムの傾向とは違うものではないでしょうか?そもそも物質化して所有ができないので、名称的にもおかしなことになっています。
し、思想が尖りすぎでは⋯?
論理的に論じているようで、論理の飛躍をしているのを感じます⋯
スパチャや推し活で大金を投じてる人に対して
どういった心理がその行動を駆り立ててているのか
常々興味があったので、参考にさせてもらいます
経済のためにはガンガンお金使ってくれる人のほうが好ましくはありますね。
私もお金があればガンガン使うのですがね、若いときはお金があったのでよく浪費をしていましたが、今では膝に矢を受けてしまいましてね…。
すっかり「俺は娯楽には金は払わねぇ」なキャラになってしまいました。
投資に使えば良いのでは
企業が自分に代わってお金を効率よく使い、その見返りとして配当やら優待でもあるだろうさ
最初のコメントの人に質問したい。洪水とか飢饉とか、まさに今、目の前にライオンがいる!みたいな状況で、決断せず現状維持を望むのも、それはそれでリスクの高い賭けなのではないだろうか?否が応でもギャンブルせざるを得ない環境なのだから決断が遅い性格は不利だと思う。あと、人生は失敗して終わりではない。失敗から学んだ経験もリターンの一種だし、失敗した後の損切りも早ければ予後がいい。これも「えいやっ」の性格が生き延びてきた理由なんじゃないかな……と素人ながら考えた。
1.正解はわからないけどすぐに何かしなければ座して死すのみな状況
2. 対応するまでに時間的な余裕がある状況
の2つは分けて考えるべきですね。
この記事の文章では(意図的に?)いっしょくたに表現されています。
システマティック志向の人でも時間的余裕がないのがわかっているのに何もしない確率が高いとは思えませんね。
時間的余裕がある(のがわかっている)のならその余裕の範囲でよく考えてからのほうがマシな対応を摂れるでしょう。
その例えは少し違う。目の前にライオンがいるという状況は結果の予測が容易いので、マテリアリズム傾向の高低にかかわらず即断する。というかせざるを得ない。損切りの話もこれに同じ。
あと失敗して終わりではないというけど、何も考えずに即断した結果失敗した場合と熟考して失敗した場合とでは失敗そのものの質も違う。
まあこの記事は両極端で考えすぎてるけどね。人間心理は簡単に二極化できるものではないよ。
ご回答ありがとうございます!
確かにお二人の言う通り、ライオンの例は分けて考えるべきでした。でも私の疑問は残っています。不確実性が極めて高い環境で熟考するのはデメリットにならないのでしょうか? 「よく考えれば良い対応が取れるはず」という考え方こそ、典型的なシステマティック思考に見えるんです。あるいは変化の少ない環境しか知らない現代人のバイアスとか。
不確実性が高く、考える時間だけは十分にあるという環境、例えば氷河期に突入しつつある時代なんかを私はイメージしています。去年できたことが今年もできるとは限らない環境で未来予測をするのは困難ですし、長期的な計画を立てるのは、とんでもないリスクに思えます。短期的な計画であれば、熟考しようが即決しようが結果に大きな差は生まれないでしょうし、結果的に試行回数の多いヒューリスティックな思考がメリットになるのでは……と。
なぜ私がこんなに食い下がるのか、自分でも考えてみたのですが「遊び惚けていたキリギリスは死んで、コツコツ努力してきたアリが報われるんだよ」的な思想への反発心なんですよね。たぶん。
「未来予測するのは困難」な状況、それはまさにリアルワールドですね。
世界の正確なモデルを構築することすらできない、時間的余裕があるのかないのかわからない。
そんな状況でこの記事でいうところのシステマティックとヒューリスティックのどちらが有利かは条件と運によっていろいろでしょう。まあでもよく考える方がリターンの期待値が高いと推測します。
締め切りとかどれくらいヤバそうだとか考えないほど賢くない人どうしで比べたらヒューリスティックな方が有利かもしれません、シランケド。
冬に飢え死にする確率が高いことも受け入れたうえでなら、遊び惚けて楽しい夏を過ごすのもまた良いと思います。いちばん避けたいのは、やりたくもないしリターンも小さいことをあくせくやり続けて冬に気がついたらなんにもない状況ですね。
最初のコメントの人、思想が尖りすぎなんだって⋯。
普通に不愉快だからやめてくれ。
議論をしたいなら論理に徹してくれ。
なるほど!面白い!
100%偏見かもしれないけど、小さい家に住んでる人ほど、とにかくデカいミニバンやキャンピングカー欲しがるよね
あと体小さい人ほど、デカくてパワーあるSUV欲しがる
図体のデカいヤンキーやチンピラほどデカい車や高級車に乗りたがるから、体のデカさは関係ないと思うよ。
私などはスパチャする際に、可処分所得から応援できる範囲で長期的に金額配分を決定しているので、このような衝動的モデルでは全く説明できませんね。現象を捉えようという試みは称賛されるべきものですが、それが現実のものを正しく表しているかはまた別の事のようです。
長期的に考えてもスパチャしちゃうならそれは衝動以外なにものでもないでしょ、主に感謝されたい他の参加者に優越感を持ちたいここに書いてある通りですね
自覚ではマテリアリズムが低い。自己肯定感が低い。相対的剝奪感が高い。システマティック思考。
自分はほぼ課金・スパチャはしないけど、他人がガッツリしても理解は出来ないが別に良いんじゃない?って思う。
即断即決しなきゃいけない状況ならそりゃ即断即決する。そもそも長期的に考えようがない。
あくまで傾向だからなんだろうけど、自分が記事と違いすぎてほんとかよって思ってしまう。
スパチャする人は恐らく現実世界での人との繋がりが非常に希薄なのではないかなと思います。人との繋がりがあってマテリアリズム的でヒューリスティックな思考があれば短期的でも自己投資(いい車を買う、高い美容院に行く、ブランド物を身につける)する方向に進む、これは完全に悪いことでは無いと思う。しかし、人間関係が希薄であれば見栄を張る相手が配信者のみとなりスパチャ献金という何も残らない消費行動に終始することに繋がる。これは非常にまずい結果を産むと思うんだがどうだろう?あ、後者のソースは俺な
ガチャ課金は絶対にしないんですけど、応援してるアマチュア歌手にはリクエストの対価などでスパチャ投げてしまいますね、、、投げ銭・チップ程度の金額なのでパトロンとまではいかないかなー
スパチャも課金も、微課金であってもビタ一文しないですね。
一旦課金してしまうと歯止めがきかなくなりそうなのでタダで楽しめる範囲を弁えて逸脱しないように遊んでます。
まあひとことで言ってケチなので!
ものぐさ精神分析に出てくる鉱山の娼婦街の話の今版のような気がするんだが
要はお客が満足してしまうと客足が途絶えてしまうので、報酬は精神的満足を与えるに留めた上に出し渋る
そうすると、足繁く通う人が出てきて飼い慣らせるようになる
「ドロ率渋い」って言葉が大体全てを表してる
多分、ハマった人達にとってはたまに気持ちよくなれればOKで、コスパがどうこうなんて考えは抜け落ちてる
悪女にハマるルパンみたいなもので、自己評価はあんまり関係ないんじゃないだろか
こうした手法自体に疎ければ、誰でもそうなる可能性はある
港区女子とキモオタは一緒だった
私も空いた時間を利用する程度のソシャゲ、課金ゲームにゲーム性は皆無なので、基本課金はしない派なのですが
ゲーム内のサーバーチャットなどで、課金勢のあからさまな無課金への差別や気持ちの悪いコミュニティを形成する訳がわかった気がします
課金勢はコミュニティ内で注目されることや人から認められることが目的(本人や同類は気づいていない)であり報酬だと言うことに納得ができました
記事の内容から比較される架空のペルソナに対して想像でマウントを取るのに必死な読者が、この手の人間の内面性を掘り下げた記事でよく見かけるけど不快。
特にこの記事なんかどちらが優れているかという論旨ではないと言及してるのに。
こういった研究はマウントのためじゃなくて、色んな人の在り方を研究していって、それを踏まえてより良い在り方を目指すことや社会的な発展することへの助けになるためのものであるはずなのに。
中身がない奴に限って、ブランド物や高級車を好む理由が明かされたわけだな。確かに、ヤンキーやら見栄だけの女はそれらに目の色変えて飛びついてるわ。
みこちねんしゅうよんおくえん
中身がない奴に限って、ブランド物や高級車を好む理由が明かされたわけだな。確かに、ヤンキーやら見栄だけの女はそれらに目の色変えて飛びついてるわ。
スパチャする人を貶す書き込みに、スパチャできない人の妬み嫉みが混じっているような気がしてならない。そういう感情が全くなければ、別に理解できないけど配信者が助かるならいいんじゃない?くらいで済むような気がする。つまり、自分はスバチャができないのに、スパチャで注目を集める人間を羨ましいと思っているのだろうね。何か言わずにはいれないほどに。
自分はスパチャができない。ではなくて、スパチャで注目を集めることに対して、今のところ対価が感じられないから行わないだけだと思いますよ。
ガチャ課金はしませんがカプセルトイガチャはたまにしますね
ナゾロジーさん、いつも面白い記事をありがとうございます。私としてはスパチャはアニメやドラマの円盤を買うようなものだと思ってます。円盤は別に買わなくても見るだけで済むし、なんなら録画すれば円盤など買わなくてもいつでも見返せる。でも円盤を買えば製作費が回収できてまた次の作品につながってまた面白いものが見れるかもしれない。そういう効果を考えての投資行動の側面もかなりあるのではないかと思います。また面白い作品を見れたことに対する感謝、そういったものも含まれると思います。こういった側面からの分析もお願いできたらなと思っています。