架空の森で過ごすたった10分の「ぼーっと時間」が効く

カナダ・ウェスタンオンタリオ大学の研究チームは、22人の学生ボランティアを対象に「10分間のウォーキング」を使った実験を行いました。
ただし、全員が同じように歩く中で「どんな環境で歩くか」を変えて、脳への効果の違いを比べました。
具体的には、参加者は次の3つの条件で、10分ずつトレッドミルの上を歩きました。
1つ目は「コントロール条件」と呼ばれるもので、何も映像のない空間を歩きます。
目の前には180度の白いスクリーンが広がっているだけの状態です。
2つ目は「自然条件」と呼ばれ、森の中を進むようなバーチャル映像を大型スクリーンに180度映し出します。
その中を歩くことで、まるで森の中にいるかのような体験ができるようになっています。
3つ目は「負荷付き条件(課題付き自然条件)」と呼ばれ、2つ目の自然映像に加えて注意を必要とする作業が組み合わされています。
具体的には、歩いている間に飛んでくる鳥を、叩くゲームなどを行います。
さらに、足元の映像も凸凹になっていて、バランスを崩さないように常に気をつける必要がありました。
こうして「自然を見ながら何かをする」という状態が意図的に作られたのです。
多くの参加者は3つの条件をランダムな順番で体験しました。
それぞれのセッションでは、歩く前と後に注意力を測るテストを受けてもらいました。
使われたテストには、数字を聞いて逆の順に言い直す「数字スパンテスト(DSB)」や、立方体がひっくり返って見える図形を見て、何度切り替わったかを測る「ネッカーキューブテスト(NCT)」などがあります。
これらのテストを通じて、集中力がどれだけ回復したかを調べたのです。
結果として、もっとも集中力が回復していたのは何もせず歩いた後でした。
自然条件では、DSBのスコアが他の2条件より明らかに高くなっていました。
一方で、コントロール条件では大きな変化は見られませんでした。
また、負荷付き条件でも集中力の回復はほとんど見られなかったのです。
つまり、たとえ周りの景色が森だったとしても、その間に注意を必要とする作業があると、自然の持つ回復効果は打ち消されてしまうとわかりました。
(※なお今回の記事では「トップダウン負荷がない状態」という部分を日本語でわかりやすく「何もしない」と表現しましたが、より厳密には「脳が意識的に課題処理をしない状態」と言えるでしょう。)
さらに、参加者の気分(ムード)の変化も調べられました。
しかし、どの条件でも歩く前と後で気分の変化に大きな違いはありませんでした。
つまり、集中力の回復は「気分がよくなったから」ではなく、環境や作業内容の違いそのものによるものだったのです。