巨視的物体の性質のみを量子状態にする
今回の研究では、直径およそ120ナノメートルのシリカ(ガラス)ナノ粒子が使われました。
この粒子は非常に小さいものの、多数の原子が集まった“かたまり”であり、量子実験の対象としては大きめの存在です。
しかも完全な球ではなく、わずかに楕円形で向きに偏りがある「異方的」な形状を持っています。
研究チームはこの特徴を活かし、レーザー光で作った「光のお椀(光ピンセット)」に粒子を閉じ込め、真空中に浮かせました。
すると、粒子はコンパスの針のように一定方向に落ち着きながら、その方向を中心に小さく揺れる「回転振動(リブラション)」を始めます。今回の研究は、この揺れに注目して冷却を試みたものです。
粒子の回転からエネルギーを取り除くため、レーザー光と鏡で構成された精密な光学装置「ファブリ・ペロー共振器」を使用しました。
レーザー光は、粒子にエネルギーを与えることも奪うこともできるのですが、今回は後者――つまりエネルギーを奪う作用がより強くなるように、共振器の調整を行いました。
これにより、粒子が揺れるたびにレーザー光が“ブレーキ”のように働き、揺れが減衰していきます。
この結果、回転運動のフォノン占有数は平均 n = 0.04 まで低下し、純度(purity = (2n+1)^−1)は約92%に達しました。
これは、回転運動がほぼ量子力学でいう基底状態(最も静かでエネルギーの少ない状態)にあり、熱的な乱れがごくわずかしか残っていないことを意味します。
重要なのは、この冷却が粒子全体を冷やすことなく、室温環境で回転運動という一つの性質(自由度)だけが“凍りついた”ように静まったのです。
この実験は、「一部分の性質だけを冷やす」というアプローチが有効であることを示しました。
つまり、対象の粒子全体が高温のままであっても、回転のような特定の運動だけを選んで冷却することで、量子的な状態を作り出せることが実証されたのです。
今回の純度92%という成果は、室温での実験としては過去最高水準であり、極低温の先行システムよりも高い純度を達成しました。