電子リレー発見の意義と今後の課題

今回の研究は、海底の微生物たちが実際に電気を介して助け合っていることを、初めて電気的な測定によって直接的な証拠を示しました。
長年仮説に過ぎなかった「電気共生」が事実であり、その仕組みはタンパク質による電子リレー(レドックス伝達)である可能性が高いと示したのです。
少なくともこのメタン分解コンビにおいて、以前に議論されていたナノワイヤーのような金属配線よりも、タンパク質が主役のネットワークだと言えます。
これは、生態学的にも地球環境的にも重要な意味を持ちます。
微生物同士が電気回路を形成する共生という、一見SFのような現象は実際に存在し、地球上のメタン循環に深く関わっているのです。
見方を変えれば、この微生物コンビは小さな「脳」のようだとも言えるでしょう。
異なる細胞同士が電気信号(電子)のやり取りで緊密に連絡を取り合い、一つの目的(メタンの分解)のために協調しているからです。
もちろん実際の脳とは仕組みが違いますが、遠く離れた深海底にもこれほど精巧なコミュニケーションが存在することには驚かされます。
カリフォルニア工科大学の環境科学・地球生物学教授であるヴィクトリア・オーファン氏は、「微生物が人里離れた場所でもお互いに高度に協力しており、その活動が地球規模のプロセスに影響していることに驚く人もいるでしょう。今回の発見は10年近い多くの分野が協力した研究の成果であり、科学における忍耐と協力の大切さを示しています。私たちが頼っている微生物の生態系には、まだ解明されていないことがたくさん残っています」と述べています。
誰も目にすることのない海底で、小さな微生物がせっせとメタンを食べて地球を冷やしてくれていると考えると、私たちが普段何気なく吸っている澄んだ空気も、彼らがいるからこそ保たれているのかもしれません。
さらに、この発見は地球環境の保全にも新たなヒントを与えてくれます。
メタンは二酸化炭素より温室効果が強いため、削減が重要視される気体です。自然界では海底の微生物たちが毎年大量のメタンを生きたフィルターのように捕まえて消費し、大気への放出を防いでいます。
研究によれば、海底由来のメタンの多くがこうした微生物によって酸化されていると考えられます。
研究チームは、この仕組みを理解することで「温室効果ガスであるメタンの排出を抑制する新たな手段につながる可能性がある」と期待しています。
地球温暖化対策というと先端技術に目が向きがちですが、実は私たちの知らないところで小さな微生物たちが重要な役割を果たしているのです。
さらに学術的な観点では、同様の電気的共生関係が他の環境中にも存在するのか、新種の「電気を通す微生物」が他にもいるのかといった新たな疑問も生まれます。
実際、過去には淡水環境に棲む別種の古細菌(ANME-2d)が似たような多ヘムシトクロムを使って金属に電子を渡す仕組みを持つことが報告されており、今後さらに未知の電気的な微生物同盟が見つかるかもしれません。