「細胞の利き手」の意外な仕組み

今回の研究によって、細胞が回転する仕組みについて、これまでとはまったく違う新しい視点が得られました。
これまで、細胞が「利き手(キラリティ)」を持つ仕組みを説明するときには、細胞の中で観察される「渦巻き模様」のような構造や、特定のタンパク質(例えばフォルミンなど)が重要だと考えられてきました。
しかし、この研究で使ったCaco-2細胞という細胞では、こうした渦巻き状の模様がなくなっても、細胞が回転を続けることが明らかになったのです。
しかも、細胞の中心付近に新しく見つかった「同心円状のアクトミオシンリング」が、細胞の回転を起こす駆動力(エンジン)のような役割を果たしていることが分かりました。
つまり、細胞の回転の原動力は、これまで考えられてきた渦巻き状の構造や特定のタンパク質とは異なり、まったく新しいところにあったということです。
なぜこの発見が非常に興味深いのでしょうか?
それは、一見して「左右対称」な円形の構造が、実は「一方向だけの回転」を生み出すという意外な結果だからです。
普通ならば、左右対称な構造はどちらか一方の回転方向に偏る理由がありません。
しかし、この研究の実験と理論の両面から、細胞の背側(細胞の上面側)にある同心円状のリング構造(アクトミオシンリング)が、細胞内で時計回りに回転するための駆動源になっていることが明確に示されたのです。
これは、細胞が自分自身の「左右(回転の向き)」を決定する全く新しい仕組みを発見したことになります。
一方、この研究はまだ完全な答えを出したわけではありません。
なぜなら、この実験で使った細胞は「Caco-2」という特定の1種類の細胞に限られているからです。
このCaco-2細胞で見られた新しい仕組みが、他の種類の細胞にも当てはまるのか、あるいは細胞の種類ごとに異なる仕組みがあるのかはまだ分かっていません。
そのため、この仕組みが生き物の体の中でどれほど広く一般的に使われているのかを確かめるためには、これから他の細胞でも詳しく調べていく必要があります。
また、今回使ったCaco-2細胞にはもう一つ重要な特徴があります。
それは、この細胞が集まって「上皮組織」という膜のような構造を作ることができるという性質です。
上皮組織というのは私たちの体を外界から守っている皮膚や腸の内側を覆う膜のような組織で、多くの細胞が協力してできています。
もしCaco-2細胞が単独で持つこの「回転する仕組み」が、細胞が集まった多細胞の組織になったときにも見られるのだとしたら、組織や器官の左右非対称性がどのようにして生まれるのかを調べるための非常に良いモデルになる可能性があります。
つまり、1つの細胞のキラリティ(利き手)が、多くの細胞が集まった組織のレベルでのキラリティにどのようにつながっているのかを知る上で、このCaco-2細胞はとても役に立つ存在になるかもしれないのです。
この問題を解明するためには、今後の研究で細胞が集団になったときにどのような動きを示すのか、単一の細胞のキラリティがどのように組織全体のキラリティにつながっていくのかを詳しく調べていく必要があります。
今回の研究で明らかになった細胞の回転運動を生み出すアクトミオシンリングの仕組みは、生き物の体全体に見られる「左右非対称性」の謎を解くための重要な一歩になるかもしれません。
研究チームはこれからも、「分子のねじれ」→「1つの細胞の回転」→「細胞集団(組織)」→「生物個体」という、より広い階層へとつながる左右非対称性の仕組みを、一つ一つ明らかにしていこうとしています。
このような研究が進めば、人間を含めた多くの生物が、なぜ左右が異なる構造を持つようになったのかという、生命の深い謎の理解が進むことが期待されます。
無理やり逆方向に回し続けるとどうなるのですかね。