量子トンネルで充電する極低温“漏れない電池”
量子トンネルで充電する極低温“漏れない電池” / Credit:Canva
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量子トンネルで充電する極低温“漏れない電池” (2/3)

2025.09.03 18:00:32 Wednesday

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極低温量子電池は量子トンネル効果で充電できる

極低温量子電池は量子トンネル効果で充電できる
極低温量子電池は量子トンネル効果で充電できる / Credit:Canva

それでは、研究グループが提案した「極低温量子電池」の仕組みを詳しく見ていきましょう。

この量子電池では「エネルギー井戸」と呼ばれるものが使われます。

「井戸」といっても、もちろん水が入っているわけではありません。

ここでいう井戸とは、原子が閉じ込められるような、エネルギーの「谷」や「くぼみ」のようなものをイメージしてください。

つまり、原子がこの「谷」に入ると安定し、外に出るためにはエネルギーを使って谷をよじ登る必要があるような構造です。

研究チームは、このエネルギー井戸をエネルギーの高さが異なるように三つ用意しました。

三つの井戸は階段のように並んでいて、一番下の井戸のエネルギーが最も低く、二番目、三番目と上に行くほど高くなっています。

最初に原子は最も低い一番下の井戸に閉じ込められており、これはエネルギーが空の状態、つまり「まだ充電されていない電池」を意味しています。

反対に、もし原子がエネルギーが最も高い一番上の井戸まで移動できたら、それはエネルギーが最大まで溜まった状態、「満充電」を意味します。

つまり、下の井戸から上の井戸に原子を移動させることが、この量子電池を充電するプロセスになるわけです。

しかし、ここで問題があります。

普通に考えれば、原子は自分が入った井戸の中に閉じ込められているため、井戸の外へ飛び出して別の井戸に移動することは簡単ではありません。

特に、一番上の井戸に移動するためには大きなエネルギーを与えて、井戸の「壁」を乗り越えなければならないのです。

ところが、量子の世界には、この常識を覆す驚くべき仕組みが存在しています。

それが「量子トンネル効果」と呼ばれる現象です。

量子トンネル効果とは、原子などの非常に小さい粒子が、普通なら絶対に通り抜けられないはずの壁を、まるで幽霊のように「すり抜ける」ことができる現象です。

これは直感に反する不思議な現象ですが、実際に原子や電子などの小さな粒子ではよく起こっている現象です。

今回の研究チームは、この量子トンネル効果を巧みに利用して、原子を下の井戸から上の井戸へ効率よく移動させる方法を考案しました。

また実際にこの方法がうまく機能するのかどうかを確かめるために、研究者はコンピュータによるシミュレーション(数値計算による模擬実験)を行いました。

その結果、レーザーの光を正しい順番と適切なタイミングで操作すれば、原子はほぼ完全に一番上の井戸まで移動し、最大限までエネルギーを蓄えることが確認されました。

さらに興味深いことに、原子が最終的に到達する一番上の井戸は、「最終固有状態」と呼ばれる特別な状態になっていました。

この「固有状態」とは、量子力学の用語で、簡単に言えば「一度入ったら、外からの影響がなければ自分からは変化しない安定な状態」のことです。

つまり、この一番上の井戸に到達した状態が安定な固有状態であるため、時間が経ってもエネルギーが勝手に失われたり、振動して逃げたりしにくくなるというわけです。

このことが、今回の研究における最大のポイントの一つです。

また、このシミュレーションでは、原子の数を増やした場合の状況も検証されました。

量子電池を作る際には、たった一つの原子だけでなく、多数の原子を同時に使って集団的に充電することで、より多くのエネルギーを蓄えることが期待されています。

今回の研究では原子の数を2個、3個、4個と増やして、その挙動を詳しく調べました。

その結果、原子同士が近くにいると互いに押し合ったり引き合ったりする「相互作用」が働き、興味深い現象が起こることが判明しました。

この相互作用の強さを調整すると、充電後に最終的に溜まるエネルギーが波のように増えたり減ったりするということです。

特に興味深かったのは、原子の数が奇数の場合と偶数の場合でエネルギーが振動するパターンに違いがあったことです。

これは原子の数によって最適な充電条件が変わることを意味しますが、実際にはレーザーの条件や相互作用の強さを調整すれば、奇数であっても偶数であっても満充電の安定状態に導けることが分かりました。

この発見は重要で、これまでの量子電池の研究が、単一の原子や粒子の相互作用が無い理想的な状況を主に想定していたのに対して、実際の多粒子系、つまり複数の原子が互いに相互作用をする現実的な条件下でも安定した充電が可能であることを示したからです。

つまり、今回の研究によって、現実的な環境に近い状況でもしっかりとエネルギーを蓄えられる新しい量子電池の可能性が初めて明確に示されたのです。

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