なぜ病原体はわざわざ蚊を使うという“まわりくどい”方法を選ぶのか?

デング熱や日本脳炎などを引き起こすフラビウイルスは、蚊によって人に運ばれます。
これらのウイルス感染症では毎年世界で約4億人が感染すると言われており、高熱や頭痛、神経障害など重い症状を引き起こすこともあります。
しかし、これだけ多くの人が感染しているにもかかわらず、デング熱や日本脳炎に対して特効薬(ウイルスそのものを退治できる薬)はまだ開発されていません。
そのため、現状では感染した患者さんに対して熱を下げたり痛みを和らげたりといった症状を軽くする治療(対症療法)を行うことしかできないのです。
したがって、これらの病気にかかることを防いだり、かかっても重症にならないようにしたりするための新しい治療薬やワクチンの開発が世界中で強く望まれています。
さて、ここでひとつ不思議なことがあります。
普通、ウイルス感染というと、インフルエンザやコロナのように「人から人へ直接」うつることをイメージするかもしれません。
ところが、デング熱や日本脳炎のウイルスは、人から人へ直接感染するのではなく、「蚊」を介して初めて人に感染します。
つまり、ウイルスが感染した人の血を蚊が吸い、その蚊が別の人を刺すことによってウイルスが移っていくのです。
人間同士で直接感染できれば手っ取り早いように思えるのに、なぜウイルスはわざわざ蚊という面倒な存在を間に挟む必要があるのでしょうか。
このような一見遠回りな方法をウイルスが使う理由については、これまでよくわかっていませんでした。
そこで研究チームは、この不思議な感染方法の理由を探るために、蚊が血を吸うときに人の体へ注入する「唾液(だえき)」に着目しました。
蚊が血を吸うとき、まず皮膚に小さな傷をつけますが、このとき人の体では血を固めて傷をふさごうとする働きが起こります。
しかし、これでは蚊にとって都合が悪いので、蚊の唾液には血が固まらないようにする成分や、刺されたときの痛みやかゆみを抑える成分が含まれており、血が吸いやすくなる環境を整えているのです。
実は最近になって、この蚊の唾液が「単に蚊が血を吸いやすくする」だけではなく、同時に「ウイルスの感染を助けているかもしれない」という新しい研究結果が報告されるようになりました。
言い換えれば、ウイルスが蚊の唾液を巧みに利用して人の体に入り込みやすくしているのではないかと疑われるようになったのです。
これが事実ならば、蚊はウイルスにとって単なる「運び屋」ではなく、感染を促進するための積極的な「パートナー」になっている可能性があります。
そこで研究チームは、この仮説を確かめるために「蚊の唾液にはウイルスの感染力を高める特別な仕掛けがあるのではないか」と考え、その具体的な仕組みを解き明かすための実験に取り組むことにしました。