頭骨が語る残酷な見世物の痕跡

分析の結果、このヒグマは6歳のオスで、バルカン半島の在来個体だったことが判明しました。
遠方から運ばれたのではなく、地元で捕獲された野生のクマだったのです。
頭蓋骨の前頭部には大きな損傷が見つかり、その一部が治癒しつつあった痕跡と同時に、感染症の兆候も確認されました。
研究チームは、この外傷が槍を持った狩猟専門の剣闘士「ヴェナトル」との戦闘で受けた可能性が高いと指摘しています。
さらに、犬歯には不自然な摩耗があり、顎の骨には感染の痕跡もありました。
これは長期間にわたり檻の鉄格子を噛み続けた行動によるものと考えられます。
つまり、このクマは数週間ではなく、数年にわたって捕らえられていたとみられるのです。
放射性炭素年代測定の結果、このクマの死は西暦240〜350年頃にあたります。
当時、ヴィミナキウムの円形闘技場では定期的に剣闘試合が開催されており、このクマも繰り返し見世物に登場させられていたと推測されます。
今回の頭骨は、これまで文献でしか確認できなかった「ローマの剣闘場におけるクマの利用」を示す世界初の直接的な骨学的証拠です。
古代ローマの栄光の陰に隠された「動物たちの犠牲」が、1700年の時を経て明らかになったのです。
ローマ帝国の円形闘技場は、今では観光名所としてその壮大な姿が人々を惹きつけます。
しかし、その舞台裏では人間だけでなく多くの野生動物が血を流し、観客の歓声のために命を落としていました。
セルビアで発見されたヒグマの頭蓋骨は、華やかな古代ローマの娯楽がいかに残酷な一面を持っていたかを物語っています。
骨に刻まれた傷と摩耗は、遠い過去の「もう一つの歴史」を、静かに私たちへ伝えているのです。
ということは当時そこには熊殺しの〇〇なんて呼ばれた剣闘士がいたかもしれないということですね。