宇宙に滞在した造血幹細胞は「老化の加速」サインを示していた
研究の結果、宇宙に滞在した造血幹細胞は、地上対照と比べて老化のサインが明確に強まっていることが分かりました。
幹細胞の休眠が崩れて細胞周期が過剰に回りやすくなり、新しい血液細胞を作る力が落ちて疲弊の兆候が見られたのです。
また、炎症シグナルの上昇も観察され、特にIL-6など加齢に関連する分子の活性化が示されました。
さらに、ミトコンドリアに関わる遺伝子群では加齢で見られるようなストレス応答の変化が確認され、エネルギー利用や維持機構に揺らぎが生じていることが示唆されました。
加えて興味深いのは、老化との関係が知られている「テロメア」の変化です。
テロメアは染色体の末端を保護する役割を持ち、細胞分裂するたびに、その長さが短くなっていきます。
その後、ある時点で細胞分裂が不可能になるため、テロメアの長さが寿命の程度を示している可能性があります。
そして今回の実験では、「テロメアの維持機構の弱まり」による老化方向へのシフトが確認されました。
研究チームも、「これらの研究結果は、宇宙から戻った造血幹細胞は働きを保ちにくくなっているということであり、これは『幹細胞の老化が加速している』という見立てと一致します」と述べました。
一方で、すべてが一方通行ではありませんでした。
宇宙から戻った幹細胞を若くて健康な骨髄ストローマ細胞と共培養すると、落ち込んでいた機能が一部回復したのです。
これは宇宙環境で進んだ老化様の変化が、適切な環境を整えることで少なくとも一部は可逆的であることを示す重要な所見です。
本研究の意義は、人が宇宙で長期間生活するうえでの根本的なリスクを幹細胞レベルで具体化したことにあります。
将来的には、宇宙飛行士の健康を維持したり回復を助けたりするために役立つかもしれません。
同時に、宇宙という極端な環境を利用して加齢のプロセスを短期間に“早回し”で再現できるため、老化やがんのモデルとして地上の研究や創薬にも活用できる展望が開けます。
今後は滞在期間をさらに延ばした実験や、実際の宇宙飛行士由来の細胞や血液を用いた検証が必要でしょう。
宇宙と老化の交差点を解きほぐすこの研究は、人類の長期宇宙滞在の実現性を一段と現実的な議論へと押し上げています。