異常な天体ブラックホールが理論通りに動くのはなぜ?

今回の重力波観測は、私たちが宇宙の不思議な性質をどこまで理解しているかを試す重要な実験でもありました。
人類はこれまで数多くの理論を通じて宇宙の謎を解き明かそうとしてきましたが、それらが本当に正しいかを確かめるには、実際の観測データが欠かせません。
特にブラックホールは、その奇妙で強力な性質ゆえに、理論通りの姿をしているのか、それとも予想外の姿を見せるのかを知る上で、最も注目されてきた天体の一つです。
今回の研究でまず確認されたのが、「ホーキング博士の面積定理」という大切な理論です。
ブラックホールの表面積が合体によって増える(減らない)ということは、ブラックホールが持つエントロピーや情報も合体により増えていることを意味します。
つまり、ブラックホールも私たちがよく知る星や物質と同じように「熱的な性質」を持ち、宇宙全体の乱雑さが増える方向に進んでいる可能性を示したのです。
ブラックホールのような異常な天体がエントロピーや情報についての基本法則に従っているとしたら、その意義は非常に大きいでしょう。
なぜブラックホールも理論に従うのか?
ブラックホールは、重力があまりにも強く、光すら逃げられないという異常な天体です。そんな奇妙な存在であるブラックホールのふるまいが、なぜ人類が机の上で導き出した理論通りになるのでしょうか?これが意味するのは、「宇宙のルール」は単なる偶然の寄せ集めではなく、深い普遍性がある――という事実です。この普遍性のお陰で、人類が地球上で考えた方程式や法則は、地球上の現象だけでなく、銀河の果てのブラックホールにも“ちゃんと”通用しました。もちろん、理論には限界があります。宇宙の本当の姿をどこまで正確に記述できるのか、まだ私たちは完全にはわかっていません。しかし、ブラックホールのような極限の天体でも理論と一致することは、私たちが宇宙のルールを正しく読み取っている証明でもあるのです。
また今回の研究では、もう一つの大きな疑問にも答えが出ました。
1963年に数学者ロイ・カーが導き出した「カー解(Kerr解)」という理論によると、ブラックホールという天体は「質量(重さ)」と「スピン(自転の速さ)」という、たった2つの性質だけで完全に特徴付けられるとされています。
これは驚くべきことです。
もし仮にブラックホールが実際には理論よりも複雑な特徴を持っているなら、ブラックホールが合体した後に発する重力波の「音色」は理論の予測と合わなくなるでしょう。
しかし、今回の観測結果を詳細に調べたところ、理論が予測した音色と実際の観測データは驚くほどよく一致しており、ズレは最大でもわずか30%未満でした。
これは、ブラックホールが予想通り非常にシンプルな構造を持つ天体であるということを強力に裏付けています。
ブラックホールが発する重力波を「音色」として聞き取れるようになったおかげで、私たち人間はこれまで理論でしか語れなかった宇宙のルールを、観測を通じて直接確認できるようになったのです。
これは非常に大きな進歩です。
さらに未来に目を向けると、今後さらに高感度な重力波望遠鏡が登場し、これまで以上に鮮明で詳細な宇宙の音色が聞き取れるようになるでしょう。
もしそこで現在の理論では予測していない未知の「音色」が見つかれば、それは私たちが宇宙に関する理解を再び大きく書き換える、新たな物理法則発見の始まりになるかもしれません。
科学とは、「予言」し「観測」でそれを確かめていく営みです。
今回の発見はまさにその理想的な例であり、私たち人類が宇宙の謎に近づくことができる可能性を改めて証明したのです。