史上最も鮮明な『重力波』が明かす宇宙のルール

今回観測された重力波の信号は「GW250114」と名付けられました。
この記号は観測された年月日(2025年1月14日)を表しています。
約13億光年もの遥か遠くの宇宙で、太陽の約30倍というとてつもない質量を持つ2つのブラックホールがゆっくりと接近し、ついに合体することで生まれた強力な波でした。
ブラックホール同士の合体は大きく3つの段階に分かれています。
最初は「インスパイラル(渦巻き)」と呼ばれる段階で、2つのブラックホールはまるで宇宙のダンスを踊るように、お互いの周りをぐるぐる回りながら徐々に近づいていきます。
次に「マージャー(合体)」という段階に入り、ブラックホール同士はついに衝突して1つに融合します。
そして最後に、新しく生まれたブラックホールは「リングダウン(鳴り止み)」と呼ばれる、まるで鐘が鳴り終わった後の余韻のような振動をしながら、徐々に落ち着いた状態へと移っていきます。
この一連の出来事が「GW250114」の中に記録されていたのです。
そこで研究者たちはまず、合体前の2つのブラックホールの性質を調べました。
重力波の前半部分(インスパイラルの段階)から、それぞれのブラックホールの質量が「約30太陽質量」であることが分かりました。
次に、新しく生まれたブラックホールの性質を調べます。
2つのブラックホールが衝突した瞬間に新しいブラックホールが形成されますが、このブラックホールは生まれたばかりの鐘のように激しく振動を始めます。
この振動は「リングダウン」と呼ばれ、その重力波の『音の高さ(周波数)』や『響き方(減衰の速さ)』に、新しいブラックホールの性質が刻み込まれています。
研究チームはこのリングダウン部分の重力波を詳しく解析し、生まれたばかりのブラックホールの性質も慎重に調べました。
すると合体後のブラックホールは約63太陽質量(中心の推定値62.7太陽質量)という巨大な重さで、自転の速さ(スピン)は約0.68と見積もられました。
これはブラックホール同士が合体すると、結果として新しく生まれたブラックホールの面積は必ず大きくなるという「ホーキングの面積定理」が、まさにこの観測データから見て取れたことを示します。
ここで特筆すべきことは、この観測結果がどれほど確かなのかという点です。
実は科学者たちは、今回の観測が偶然ではないことを慎重に確かめるために、非常に厳しい条件で分析を行いました。
最も激しく揺れるブラックホールの衝突の瞬間をあえて除外したデータを使って分析した場合でも、合体後のブラックホールの面積は、必ず合体前の2つのブラックホールの面積を上回りました。
この差が単なる偶然である可能性は極めて低く、「統計的な確かさ(有意性)」は約4.4σという高い水準に達しました。
つまり私たち人類は、ブラックホール同士が合体した時、宇宙が課している「絶対に面積を減らしてはいけない」というルールが守られている様子を、実際に「音」としてはっきりと聞き取ったのです。
今回の発見は、ホーキング博士の面積定理という理論が正しいことを非常に力強く裏付ける結果となりました。
さらに、ブラックホールが生まれた後のリングダウンで得られた『音色』にも重要な発見がありました。
理論によれば、ブラックホールという天体は質量とスピンというたった2つの数値だけで完璧に特徴付けられ、それ以外の複雑な性質は一切存在しないとされています。
もしブラックホールに未知の奇妙な性質があれば、その振動から生まれる重力波の音色は理論の予測と大きくずれてしまうはずです。
しかし今回観測されたブラックホールのリングダウンの音色は、理論が予測していた音色とぴったり合っており、そのズレは最大でもわずか30%未満に収まりました。
これは、ブラックホールが本当に「質量とスピンだけで説明できるシンプルな天体」であるという理論予測を、今回の観測が強く裏付けていることを示しています。
今回の観測が明らかにしたことは非常に重要で、これまでの観測でははっきりと確認できなかったブラックホールに関する基本的な予言を明確に検証することができました。
これほど鮮明なデータを得たことで、ブラックホールが宇宙の中でも特にシンプルで、数学的に予言された通りの姿であることがはっきり示されたのです。