がんでの急激な体重減少は単に栄養を奪われているからではない
がんでの急激な体重減少は単に栄養を奪われているからではない / Credit:Canva
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がんでの急激な体重減少は単に栄養を奪われているからではない (2/3)

2025.09.22 17:30:43 Monday

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がんが筋肉を奪い激やせさせる仕組み

がんが筋肉を奪い激やせさせる仕組み
がんが筋肉を奪い激やせさせる仕組み / Credit:Canva

研究チームが患者さんの筋肉を詳しく調べた結果、非常に興味深いことが分かりました。

がん患者の筋肉には、大きく分けて2種類のタイプ(サブタイプ)があることが明らかになったのです。

サブタイプ1と名付けられたタイプは体重が急激に減って筋肉も落ちやすく、生存率(病気になったあとどれだけ長く生きられるか)も低い傾向にありました。

一方でサブタイプ2ではそのような傾向は比較的に抑えられています。

つまり、「痩せやすい筋肉」を持っているのがサブタイプ1、「痩せにくい筋肉」を持っているのがサブタイプ2だと言えるでしょう。

これは単に体質や食生活の違いだけでなく、筋肉の細胞の中で起こっている出来事に明確な差があることを示しています。

それでは、この「痩せる筋肉」と「痩せにくい筋肉」の違いは何だったのでしょうか?

研究チームは筋肉の中にある「遺伝子」の働きを詳しく分析しました。

遺伝子はよく「生命の設計図」と言われますが、実際にはこの設計図からコピーされたRNAが、タンパク質を作る指示を出しています。

筋肉の細胞の中では、どのRNAがどれだけ働いているかによって、筋肉が強くなったり弱くなったりします。

今回の調査では、2つの筋肉タイプの間で数百種類ものRNAの働き方に違いが見つかりました。

こうした大量の違いを整理すると、8つの重要なテーマにまとめることができました。

① 部分写し(RNA)の調節の変化

RNA分析によってせっかく作られた「設計図の部分写し(RNA)」の量や働きを調整する仕組みが乱れ、本来の適切なタンパク質が作られなくなる可能性が示されました。例えるなら、料理のレシピ(設計図)を何枚もコピーしても、そのレシピの内容が間違えていればおいしい料理(タンパク質)は作れません。

② 神経と筋肉の間の連絡異常

RNA分析において筋肉と神経の連携に関わる遺伝子群に変化が起き、神経筋接合部を含むシグナル伝達経路に異常がある(遺伝子発現レベルでの異常という意味)可能性が示されました。 いわば、電話やインターネット回線が切れかかっている状態で、筋肉が神経からの指示を正しく受け取れなくなっているわけです。

③ 免疫関連のシグナルが活性化

RNA分析によって免疫反応が暴走し、「免疫の嵐(サイトカインストーム)」に似た現象が筋肉で起きていました。この免疫暴走が筋肉に悪影響を与えている可能性があります。

④ コラーゲンの崩壊や変質

RNA分析によって壁や梁(はり)に当たるコラーゲンが壊れ、代わりに硬い“かさぶた”のような組織が増えて柔軟性が失われた可能性が示されました。

⑤ 解毒のための筋肉からのエネルギー抜き取り

RNA分析によって筋肉内で薬物や毒物などの異物を処理する作業(異物代謝)が過剰に活性化され、本来筋肉が使うべきエネルギーやリソースが解毒に奪われている可能性が示されました。

⑥ 筋肉を分解して生きるエネルギーにする流れ

RNA分析によって筋肉の材料(アミノ酸)を分解して燃料に変える代謝経路が変化している可能性が示されました。ただ興味深いことに、これまで動物実験で注目されていた「筋肉萎縮の代表的な遺伝子」には特に変化がなく、人間では違う仕組みが働いている可能性が示されました。

⑦ 筋肉への栄養の途絶

RNA分析によって血液を固める作用の遺伝子が活性化しており、血液や栄養の筋肉への流れが妨げられている可能性があります。

⑧筋肉が筋肉をやめてしまう

RNA分析によって筋肉細胞が本来の成熟した筋肉の性質を失い、未熟で幼い状態(胚性幹細胞に似た状態)へと後戻りしてしまう遺伝子スイッチが入っている可能性が示されました。いわば筋肉が「筋肉としての役割」をやめ、赤ちゃんのような弱い細胞に戻ってしまっている可能性があるのです。

さらに注目すべきは、これらの異常が単独ではなく、互いに絡み合っていることでした。

特に、「RNAネットワーク」と呼ばれる複雑な仕組みが、筋肉が痩せる大きな原因の一つとして浮かび上がってきました。

研究チームによると、「長鎖ノンコーディングRNA」と呼ばれる調節役RNAが多数のRNAを繋ぐ「ハブ(中心点)」となり、このネットワーク全体を乱してしまう可能性があることが示唆されています。

一方、動物実験と比較してみると、興味深い違いも見つかりました。

動物モデルでは筋肉と神経の繋がりが壊れる様子がよく観察されていますが、既存のヒト研究では筋肉と神経の繋がりそのものは保たれていたと報告されています。

また、人間の筋肉で起きている免疫や代謝の異常の中には、動物ではそれほど目立たないものもありました。

つまり、人間と動物とでは筋肉が痩せる仕組み(悪液質の「レシピ」)に重要な違いがあるということが示されたのです。

この発見は、人間の体で起こる筋肉の痩せを理解し、実際に役立つ治療法を見つける上で大きな一歩となるでしょう。

次ページ筋肉が痩せる謎を解明──がん治療を変える新視点

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