戦争の「負の遺産」が、生物が集まる「命の拠点」に変化していた
バルト海の調査では、爆弾の金属外殻にヒドロ虫やイソギンチャク、ヒトデ、ゴカイなどからなる付着生物が形成されていることが分かりました。
平均で「1平方メートルあたり約4万3000匹」という高い密度が確認されています。
とくにゴカイ類、イソギンチャク、ヒトデ、タラの仲間やハゼの仲間などの魚類も観察されました。
周囲の泥底では1平方メートルあたり約8200匹であり、硬い表面がいかに“生きものの受け皿”になっているかが明瞭に示されました。
ただし、露出した爆薬の表面はほぼ生物が付着していませんでした。
同時に海水からは爆薬由来化学物質高濃度で検出され、実験で知られる毒性の閾値に近い水準でした。
しかし、それでも金属外殻上には、海洋生物たちが高密度で生息しています。
研究者は、硬く安定した表面という住みやすさの利点が化学的なリスクを上回る場面があり、毒性に相対的に強い生物が選択されて定着している可能性を指摘しています。
さらにバルト海南西域では19〜20世紀に“石取り”によって自然の石が減り、硬い基盤が乏しい歴史があるため、投棄弾薬という人工物が相対的に貴重な“固い足場”になっている地域性も背景として指摘されました。
マローズ湾の研究では、沈没船が波や流れを弱めて土砂をため込み、船の輪郭に沿った“船型の小島”や湿地が生まれたことが明らかになしました。
そして、そこに草木が育ち、ミサゴ(Pandion haliaetus)などの鳥が営巣し、絶滅危惧のタイセイヨウチョウザメ(Acipenser oxyrinchus)が利用する生息環境が広がっていることも把握できました。
研究者たちは、こうしたデータ群が生態・考古・文化の横断研究を可能にし、保全と利用の計画づくりに資することを強調しました。
2つの研究が示す核心は明快です。
人が海に捨てた“負の遺産”が、硬い表面という希少な条件を提供することで、“生き物たちの集まり場”に変わりうるという事実です。
同時に忘れてはならないのは、化学物質の溶出が局所的に高濃度に達しているという安全・環境面の課題です。
今後は、危険物の撤去や封じ込めを進めていく必要があります。
また失われがちな“硬い基盤”を人工リーフなど安全な構造で代替し、文化・生態・地域社会の価値を同時に守っていくことも大切でしょう。
かつて“不要”とされたものが、自然の中で別の役割を与えられ、命の拠点へと姿を変えていました。
人と自然の折り合いを工夫すれば、過去の過ちを減らしながら、未来の海により多くの可能性を残せるはずです。