ドーパミンを作れない線虫は「忘れることができない」と判明
実験の結果は驚くべきものでした。
まず、ドーパミンをまったく作れない変異体(cat-2変異体)の線虫は、普通の線虫よりも「匂いとエサの記憶」をはるかに長く持ち続けることが判明。
通常は数時間で消えるはずの記憶が、何時間も消えないまま保持されていました。
つまり、「ドーパミンが足りないと、記憶がなかなか消えなくなる」のです。
言い換えれば、ドーパミンが“忘れる”プロセスを積極的に促進していることが明らかになりました。
さらに、ドーパミンが働く「受容体(アンテナ)」の役割も重要であることがはっきり示されました。
実験では、ヒトのD2型受容体に似たDOP-2とDOP-3という2つの受容体が、協調して忘却を調節していると分かりました。
線虫において、この2つの受容体の両方を失うと、やはり「記憶が消えにくい」=“忘れられない”状態が生じたのです。
また、ドーパミンを「特定の神経細胞だけ」で補ってみても、記憶は元通りには消えてくれませんでした。
「脳全体のドーパミンネットワーク」が連携してはじめて、正常な忘却プロセスが実現することも分かったのです。
これらの結果から、「忘れる」時には、脳全体で”能動的に情報を削除するプログラム”が働いていると言えます。
そして、そのプログラムの“削除ボタン”が、まさに「ドーパミン」なのです。
この研究について、責任著者のChew博士はこう語っています。
「もし全てを覚えていたら、脳は情報で圧倒されてしまいます。
忘却は、私たちが集中力や柔軟性を保つために不可欠なのです」
この仕組みはハエや線虫、そして人間にも共通する“生物の根源的な脳の働き”である可能性が高いと考えられています。
ヒトのパーキンソン病や加齢に伴う記憶障害、さらには“嫌な思い出が消えない”といった現象も、「ドーパミンによる忘却システムの異常」と深く関係しているかもしれません。
今後は、ドーパミンが脳内でどのようにして「不要な記憶」を“見分けて消去”しているのか、その分子メカニズムや神経回路をさらに詳しく解明することが期待されています。