法は「悼むな」といったが、家族はどうだったのか
古代ローマの法資料では、子どもの社会的価値は年齢とともに高まるとされ、生後1年未満の乳児は公的に悼まれないと記されています。
乳児死亡率が約30%と高かったことも、その背景にあったと考えられています。
しかし研究を主導するヨーク大学のモーリーン・キャロル氏は「この規定はあくまで公的な服喪行為に関するものであり、家族が私的に抱く悲しみや喪失感を否定するものではない」と指摘します。
実際、ヨークで発見された事例はその見解を裏付けています。
また1851年に発見された別の石棺では、生後約4カ月とみられる乳児が2人の成人とともに同時に埋葬され、石膏で覆われていました。
3人は同時に亡くなった可能性が高く、家族的結びつきを反映する埋葬と考えられています。
歴史資料と現実のあいだにあるもの
今回の発見は、乳児の石膏葬が史上初であることを示したわけではありません。
しかし、その数はきわめて少なく、稀少です。
より重要なのは、法文書に書かれた規範と、実際の生活や死の現実とのあいだに存在するギャップを、考古学的証拠が具体的に示した点です。
「乳児死亡率が高かったから、ローマ人は赤ん坊の死を気にしなかった」という通説は、少なくともヨークの石膏葬を見る限り、成り立ちません。
石膏の中に残された小さな身体の痕跡は、2000年の時を超えて、当時の家族が確かに感じていた悲しみを静かに語り続けているのです。




























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