寒さの「痛み」を感じる感覚そのものが鈍い【3つ目の防御策】

三つ目の武器は、少し意表を突くものです。
真冬に金属の手すりを素手でつかむと、ジリッと刺すような痛みが走ります。
あの痛みは、実は「冷たさ」そのものを感じているのではありません。
細胞が冷やされると活性酸素という刺激物質が発生し、それを感じ取った神経が「危ない、ここから離れろ」と警報を鳴らしている、いわば細胞が悲鳴を上げるアラーム装置です。
このアラームは、ふつうの生き物にとっては命を守る大切な仕組みですが、スノーフライのように「氷点下で活動したい」虫にとっては、鳴りっぱなしの邪魔ものでしかありません。
しかも、前のセクションで紹介した熱産生をミトコンドリアが頑張れば頑張るほど、副産物として活性酸素が大量に出てしまうという皮肉な事情もあります。
熱を作れば作るほど、自分の体内アラームがますます強く反応してしまうのです。
研究チームが彼らの感覚センサー(TRPA1というタンパク質)を取り出して詳しく調べると、この活性酸素を感知する感度が、同じハエの仲間であるショウジョウバエに比べて35倍も鈍感になっていたことが分かりました。
同じ寒さでも、ショウジョウバエなら耐えられないような「冷たい痛みの警報」を、スノーフライはほとんど発動させずに受け流せる──神経レベルでの鈍感さを持っていたのです。
これらの結果から、スノーフライは三重の仕組みで氷点下に適応していることがわかりました。
どれかひとつでも十分すごいのに、三つを同時に備えているのは昆虫の世界では極めて珍しいことです。
このスノーフライの不凍タンパク質や熱産生の仕組みをうまく応用できれば、将来的には移植用の臓器をより良い状態で長く保存する技術や、細胞を凍結保存する医療、さらには寒冷地で壊れにくい素材や機械を作るためのヒントになるかもしれません。
体重わずか数ミリグラムの小さな虫が、人間の医療や工学に新しい扉を開く可能性を秘めているのです。
「昆虫は寒さに弱くて冬は眠るもの」という教科書の常識は、雪の上をちょこちょこ歩くこの変わり者のおかげで、少し書き換えられようとしています。
次にスキー場や雪山で小さな黒い点が動いているのを見つけたら、それはもしかすると、哺乳類のように自分で温まりながら、寒さも痛みも感じず、のんびり散歩を楽しんでいる昆虫界の例外児かもしれません。



























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