「起業」は人生の方向感覚をつかむ”足場”になっていた
研究で特に重要だったのは、人々が起業を始める前に、「自分に許可を与える過程」を経ていたことです。
参加者たちは、「今しかない」「昔からやってみたかった」「コロナ禍だからこそ挑戦しても不自然ではない」「少しだけ試すだけならいいかもしれない」といった理由を作ることで、自分自身を納得させていました。
研究者たちは、この自己許可には3つの側面があると説明しています。
1つ目は感情的な正当化です。
「後悔したくない」「今やらないと一生できないかもしれない」といった感情が、人々の背中を押していました。
2つ目は社会的な正当化です。
コロナ禍という特殊な状況が、「キャリアを変えても不自然ではない」という空気を生み、挑戦への心理的抵抗を弱めていたのです。
そして3つ目は時間的な正当化です。
多くの人は、「一生その仕事を続ける」と決めたわけではありませんでした。
「数カ月だけ試す」「今だけやってみる」という形で、“仮の挑戦”として始めていたのです。
この点は非常に興味深い部分です。
普通、起業というと、大きな決断や強い覚悟を想像しがちです。
しかし実際には、人々は起業を「人生を一気に変える決断」ではなく、「今の自分に合う働き方を確かめる機会」として使っていたのです。
では、その後、彼らはどうなったのでしょうか。
研究によれば、一部の人は、起業家としての自己像を強め、そのまま事業を続けました。
起業を“試してみる”うちに、自分の価値観や働き方に合っていると感じ、本格的に事業へ取り組むようになったのです。
一方で、従来型の仕事に戻った人たちもいました。
しかし研究者たちは、これを単純な「失敗」とは捉えていません。
従来型の仕事に戻った参加者たちも、「自分が本当に望む働き方を理解できた」「将来への感覚を取り戻せた」「自信や自己価値感を回復できた」と語っていたからです。
つまりこの研究によると、起業は危機によって崩れた人生の方向感覚を立て直すための「足場」として機能していました。
建物を修復するとき、一時的に足場を組むように、人々は起業を通じて“新しい人生の形”を少しずつ組み立て直していたのです。
研究者たちは、今後もパンデミックや経済危機、技術変化などによって、多くの人がキャリアの不安定化を経験すると考えています。
そんな時代では、起業は単なる「会社を作る行為」ではなく、「自分を試し、方向をつかむ方法」として、予想以上に重要な役割を持つのかもしれません。



























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