猫はマタタビで進化したのか?

ここからは論文をもとにマタタビがキャットニップに勝った理由の本質に切り込んでいきたいと思います。
まず大きな違いは成分の混ざり具合です。
マタタビの側からは、複数の活性成分が混ざり合って放出されています。
一方でキャットニップ側はネペタラクトンが中心の、比較的シンプルな匂い構成になっています。
マタタビは「いろんな楽器が絶妙なバランスで演奏する室内楽」だとしたら、キャットニップは「強力なソリストが1人で歌い上げる」タイプと言えるでしょう。
総量こそ少なくても、この多彩さが、猫の鼻にちょうどよいハーモニーを届けていると考えられています。
以下は成分の比較です
【キャットニップ側】(本研究で定量された有効成分)
- シス-トランス型ネペタラクトン(主成分)
- トランス-シス型ネペタラクトン
- シス-シス型ネペタラクトン
【マタタビ側】(本研究で定量された主要3成分+過去研究)
- シス-トランス型ネペタラクトール(主成分)
- イソイリドミルメシン
- ジヒドロネペタラクトン
- その他多数の微量イリドイド類
キャットニップ側は型は違っても『ネペタラクトン』であることがわかります。
さらに驚くべきは、マタタビには「噛まれたり傷つけられたりすると、成分がさらにパワーアップする」仕組みが備わっています。
猫がマタタビを舐めたり噛んだりすると、葉から放出される成分の種類が増え、香りはより複雑に、防虫効果も強まっていく――つまりマタタビは、猫が触れば触るほどご褒美を増やしてくれる植物なのです。
一方のキャットニップは、葉を傷つけても出てくる成分は基本的に変わらないまま。
「強いけれど一本調子」だったわけです。
最近、ヨーロッパヤマネコ(飼い猫と近縁の野生ネコ)を野外で観察した研究によると、彼らもまたキャットニップよりマタタビにより頻繁に反応する傾向が見られたといいます。統計的にはっきり有意とまではいえない予備的な結果ですが、飼い猫だけでなく野生のネコ科動物にも同じ傾向がある可能性を示す傍証として、今回の発見ととてもよく噛み合っています。
これまで、マタタビとキャットニップは「同じように猫を狂わせる植物の代表選手」として並列に語られてきました。
しかし、もしキャットニップが自然条件では猫を強く惹きつけないのだとすれば――?
これらの結果から研究チームは論文の中で、以下のような進化シナリオを推測仮説として提示しています。
①ネコ科動物は進化の過程で、複雑な香りを放つマタタビの仲間と出会い、その香りを認識する嗅覚と、それを体にこすりつけて防虫スプレーとして使う性質を獲得した
②その嗅覚が、たまたま似た系統の成分を出すキャットニップにも反応してしまった
③そのため現代の人間には、両方とも「猫が好きな植物」のように見えていただけかもしれない
そう考えると、海外由来の品種を含むさまざまな猫が一様にキャットニップよりマタタビを選んだ理由や、実験室内で最も効くことが確認された成分のみを抽出しても、自然なマタタビとの比較で安定した反応を引き出せなかった理由もひとつながりに見えてきます。
あえて人間でたとえるなら、昆布だしの料理を食べて育った人が、その料理の「うま味成分」を170倍凝縮した塊を出されるようなものです。
化学的な濃度でいえば、「うま味成分」の塊のほうが圧倒的に高いですし、口にすれば、昆布に感じていた「うま味」も感じるでしょう。
しかしいざ普通の昆布だし料理とうま味団子を並べられて好きな方をどうぞと言われると、普通の昆布だし料理のほうを選んでしまう状態と言えます。
昆布だし料理の魅力は「うま味成分」だけではないからです。
ただ今回の研究をもって「猫の嗅覚はマタタビの複雑な成分をかぎ分けることがわかった」あるいは「猫とマタタビが進化的に結び付けられていることが遺伝的にも判明した」と言うことはできません。
そのような結論を得るには神経科学的な分析や遺伝学的な分析が必要です。
研究者たちも「これはあくまで推測的な仮説で、今後さらにネコ科動物の比較行動学やゲノム解析で検証が必要」と慎重に述べています。
それでも今回の研究結果からは見えてくる事実があります。
それは「化学的に強い ≠ 動物が実際に選ぶ」「実験室で効く ≠ 自然界で効く」というものです。
たとえ猫をメロメロにしてしまう成分をいくら高濃度にしても、実験室内でそれを猫が好むことがわかっても、自然に近い状況でのテストでは、マタタビほど安定して自己塗布行動につながらないことが明らかになったからです。
筆頭著者である上野山怜子助教は、研究の核心をこう語っています。
「実験室での実験では、猫はキャットニップに反応を示すことがあります。でもそれは、より自然な自由選択の環境で猫がキャットニップを”選ぶ”ことを意味しません。私たちの研究は、猫が反応するものと、実際に猫が選ぶものは必ずしも同じではないことを示しています」
私たちは長らく、「猫はマタタビやキャットニップの特定成分に夢中になる」と思い込んできました。
でも、本当は違ったのかもしれません。
化学の力技で勝てると思っていたキャットニップは、香りを撒き散らしすぎて猫に逃げられていた――そう考えると、自然界における”魅力”の正体は、私たちが思っているよりずっと繊細なものなのかもしれません。
そしてこれは、猫の話だけにとどまりません。
害虫を引き寄せる/遠ざけるフェロモンの活用、家畜のストレス軽減、希少動物の保護や繁殖支援――あらゆる場面で、「研究室の結果」と「現場の現実」のズレを正しく見極めるための重要な視点となるはずです。
もしあなたの愛猫がキャットニップに無反応でも、それは”つまらない子”なのではなく「進化の過程で猫が身につけた”本物”を見分ける美食家」だったのかもしれません。





























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