ピンチの未来では「他人がいない」傾向に変化が起きた
しかし研究チームは、未来の内容がストレスを伴う場合には、この関係が変化するのではないかと考えました。
そこで研究2では、日本の大学生67人に参加してもらい、「ストレスのない未来」と「ストレスのある未来」をそれぞれ5つずつ想像してもらいました。
すると愛着不安については、状況が変わってもほぼ同じパターンが見られました。
愛着不安が高い人ほど、ストレスのない未来でもストレスのある未来でも、人間関係を含んだ場面を思い描きやすかったのです。
つまり人間関係を強く気にする人の場合、楽しい未来でもピンチの未来でも、「他人」が未来の重要な登場人物になっていました。
ところが愛着回避では違いました。
ストレスのない未来では研究1と同じく、愛着回避が高いほど人間関係の少ない未来を思い描いていました。
しかし、ストレスのある未来になると、「愛着回避」と「人間関係の少なさ」との有意な関係は確認されなくなったのです。
これは「普段は一人で何とかしようとする人でも、ピンチになると必ず誰かを頼る」という意味ではありません。
研究で分かったのは、ストレスのある状況では「愛着回避が高いほど、他人の少ない未来を想像する」という通常のパターンが明確ではなくなった、ということです。
愛着理論では、愛着回避の高い人は、他人を頼りたいという気持ちや親密さへの欲求を抑え、距離を取ろうとする「非活性化戦略」を使いやすいと考えられています。
しかし脅威やストレスは、本来、人に支援や安全を求める愛着システムが働きやすい場面でもあります。
そのため、平穏な未来なら「自分だけで何とかする未来」を描きやすい人でも、強いストレスを伴う未来では、他人の存在を遠ざけ続けることが難しくなる可能性があります。
今回の結果は、私たちが思い描く未来が、単なる自由な空想ではないことを示唆しています。
過去の人間関係から作られた「他人は頼れる存在なのか」「自分は誰かに頼るべきなのか」といった感覚が、まだ起きてすらいない未来の風景にも入り込んでいるのかもしれません。
もちろん、未来に他人が少ないからといって愛着回避が強いと診断できるわけではありません。
今回の研究は主に若い大学生を対象としており、研究2は67人と比較的小規模です。
また、想像した未来に人間関係が多いことが「良い」、少ないことが「悪い」という意味でもありません。
それでも、「5年後の自分」を想像したときに誰が隣に立っているのか、あるいは誰も立っていないのかは、現在の自分が人間関係をどのように捉えているかを少しだけ映し出している可能性があります。
私たちが未来を想像するとき、そこに描いているのは未来そのものだけではありません。
まだ存在しない未来の風景の中には、これまで築いてきた人間関係と、そこから生まれた「他人との距離感」もまた、静かに投影されているのかもしれません。

































