自然の効果は「気分」だけでなく、体にも及ぶ可能性
自然の影響は、注意力だけにとどまらない可能性があります。
日本では以前から「森林浴」が知られています。
森林浴とは激しい運動や登山をすることではなく、森林の中に身を置き、景色や音、香り、風や空気などを五感で感じながら過ごすことを指します。
これまでの研究では、森林環境への曝露が、ストレスホルモンであるコルチゾールの低下や自律神経活動の変化、気分の改善などと関連することが報告されています。
また、免疫機能に関する指標が変化したとする研究もあります。
その仕組みを説明する仮説の1つとして注目されているのが、木々から放出される揮発性有機化合物「フィトンチッド」です。
小規模なヒト研究や実験室での研究では、フィトンチッドがナチュラルキラー細胞の活動などに関係する可能性が示されています。
ただし、自然が人体にもたらす効果すべてをフィトンチッドだけで説明できるわけではありません。
自然環境には、光、音、温度、匂い、視覚的なパターンなど、多数の要素が同時に存在するからです。
現在ではfMRIや脳波などを使い、自然環境と都市環境を見たときに、脳の注意、ストレス、感情、自己に関する思考などに関係するネットワークがどのように変化するのかを調べる研究も進んでいます。
こうした研究分野は「環境神経科学(environmental neuroscience)」と呼ばれます。
これまで神経科学では、「脳の中で何が起きているのか」が研究の中心でした。
しかし実際の脳は、常に何らかの環境の中で活動しています。
同じ人間でも、静かな森林の中にいる場合と、人や車、広告、通知に囲まれている場合では、脳に入ってくる情報がまったく違います。
そう考えると、私たちが生活する街や職場、学校、公園などの環境は、単なる背景とはいえません。
脳がどのような状態で働くのかを左右する「生物学的な条件」の一部でもあるのです。
パソコンの前で何時間考えても答えが出ないとき、外へ出ることは仕事から逃げる行為に見えるかもしれません。
しかし、木々や空を眺めながら歩く時間は、疲れた注意力を休ませ、再び集中できる状態へ戻すための時間になっている可能性があります。
「頭が疲れたから、少し自然の中を歩きたい」という感覚は、単なる気分の問題ではないのかもしれません。
脳の健康を考えるうえで重要なのは、脳に何をさせるかだけではありません。
その脳を、普段どのような環境の中で働かせているのかという視点も、これからますます重要になっていきそうです。































