論争の火種は「泥の栓」に押された王の印

1940年代、考古学者のウォルター・B・エメリーは、エジプトのサッカラという場所で13個の泥の栓を見つけました。
泥の栓とは、壺などの器の口をふさぐために使われた泥のふたのことです。
その表面には印が押されていて、名前や持ち主を記録する役目を果たしていました。
残された写真に写る栓には、「セレク」と呼ばれる王の印が4つ並んでいます。
セレクは初期のエジプトでとても大事な王の印で、王の建物、守り神、そして支配者の名前を1つに組み合わせたものでした。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(古代エジプトの「5人の王女」は武器の達人だった可能性が示された)
つまりセレクは、この時代の支配者を示すいちばんの目印だったのです。
エメリーは、4つのうち1つ目と4つ目を第1王朝の初めごろの王ジェルのもの、2つ目と3つ目をメルネイトの名前だと考えました。
ところが写真の写りが悪く記号がはっきりしなかったため、ほかのエジプト学者たちはこの読み方に疑問を投げかけてきました。
さらに困ったことに、泥の栓の実物は行方不明になり、撮影に使われたガラス板も見つかっていません。
研究者たちは、直接手に取って調べられる「現物」を持たないまま、この謎に向き合うことになったのです。
手元に残されたのは、ぼやけた1枚の写真だけでした。




















