「情報をエネルギーに変える」マクスウェルの悪魔、液体の“記憶”まで使えると実験で判明
「情報をエネルギーに変える」マクスウェルの悪魔、液体の“記憶”まで使えると実験で判明 / 集めた赤外線レーザーの光(光ピンセット)で、およそ40ナノメートルのダイヤモンドの粒を真空の中に浮かべるための真空容器です。今回の実験の装置ではありません。 Credit: Gavin Morley / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、16:9 に切り抜いて表示)
physics

「情報をエネルギーに変える」マクスウェルの悪魔、液体の“記憶”まで使えると実験で判明

2026.10.21 18:00:00 Wednesday

ソファから立ち上がったあとも、クッションのへこみがしばらく戻らずに残っていることがあります。

こうした「さっきの名残」は、目に見えないほど小さな世界にもあります。

物理学には「マクスウェルの悪魔」と呼ばれる思考実験があります。

150年以上前に考え出され、情報とエネルギーの関係についての理解を大きく形づくってきた存在です。

ところが現実の悪魔には、周りの液体の中に隠れた情報までは見えません。

では、その隠れた情報、いわば液体の「記憶」を、エネルギーのもとに変えることはできるのでしょうか?

独コンスタンツ大学らにより、この問いに実験で迫った研究成果が発表されました。

研究の詳細は、独コンスタンツ大学らにより、2026年10月16日付で学術誌『Nature Physics』に掲載されました。

Maxwell's demon learns to turn concealed information into usable energy for microscopic systems (Phys.org) https://phys.org/news/2026-10-maxwell-demon-concealed-usable-energy.html マクスウェルの悪魔(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E3%81%BE%E3%81%8F%E3%81%99%E3%81%86%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AD%94-3219052 中央大と東大、マックスウェルの悪魔を実験で再現(マイナビニュース、2010) https://news.mynavi.jp/article/20101119-a113/ Maxwell’s demon and impossibility statements(Weinstein、arXiv 2022) https://ar5iv.labs.arxiv.org/html/2209.00504 Information: From Maxwell’s demon to Landauer’s eraser(Physics Today、2015) https://physicstoday.aip.org/features/information-from-maxwells-demon-to-landauers-eraser なぜマクスウェルの悪魔は実現不可能なのか(田口善弘、現代ビジネス 2024) https://gendai.media/articles/-/131315 マクスウェルの悪魔のパラドックスの解決(田口善弘、現代ビジネス 2024) https://gendai.media/articles/-/131315?page=2 ラプラスの悪魔(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E3%82%89%E3%81%B7%E3%82%89%E3%81%99%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AD%94-1997250 第二種永久機関(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E7%A8%AE%E6%B0%B8%E4%B9%85%E6%A9%9F%E9%96%A2-91784
The extraction of work from hidden degrees of freedom https://doi.org/10.1038/s41567-026-03442-w
この研究の概要
発表
2026年10月に、物理学の専門誌「Nature Physics」に掲載されました。
研究チーム
コンスタンツ大学と、ゲッティンゲンにあるマックス・プランク動力学・自己組織化研究所の物理学者たちが、実験と理論の両面から取り組みました。
調べた対象
界面活性剤が網目を作る液体に浮かべた、直径2.7マイクロメートルのシリカ(ガラスの原料になる物質)の粒です。
調べ方
光ピンセットで閉じ込めた粒の位置を時間をあけて2回測り、その結果ごとに、その後の粒の動きを比べました。
調べ方
網目の動きは直接は見えないため、粒の過去を覚えている「隠れた部分」として扱いました。
分かったこと
2回測って網目に残る記憶を読み取り、それをうまく使うと、粒から取り出せる仕事(使えるエネルギー)が増えました。
分かったこと
条件によっては、取り出せた仕事が、目に見える粒の動きだけに蓄えられたエネルギーを上回りました。
まだ分かっていないこと
今回の実験は、1つのくぼみに粒を閉じ込めた最小限の設定で行われており、高分子の溶液や体液のような、ほかの複雑な液体でも同じように役立つかは、まだ確かめられていません。

悪魔の手が届かない「見えない網目」

マクスウェルの悪魔は、ミクロの世界にいる想像上の門番です。

気体の分子が入った2つの部屋が、小さな扉でつながっている場面を思い浮かべてください。

悪魔は分子の動きを1個ずつ見張り、速い分子は一方へ、遅い分子は反対側へ通るように扉を開け閉めします。

マクスウェルの悪魔の思考実験を表した図です。扉を通す分子を速さで分けると、速い分子が集まる左の部屋は熱く、遅い分子が集まる右の部屋は冷たくなります。
マクスウェルの悪魔の思考実験を表した図です。扉を通す分子を速さで分けると、速い分子が集まる左の部屋は熱く、遅い分子が集まる右の部屋は冷たくなります。Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

やがて片方の部屋は熱く、もう片方は冷たくなり、この温度差で機械を動かせるようになります。

大事なのは、悪魔が自分でエネルギーを足すのではなく、分子の動きの情報だけでこの差を作っている点です。

一見すると熱の基本法則に反するため、この悪魔は当初、論争を呼びました。

今では、情報そのものが仕事(使えるエネルギー)に変えられる物理的な資源だと考えることで、この矛盾は解かれています。

ここから、温度差ではなく情報で動く小さな機械(情報エンジン)への関心が高まってきました。

ただし現実の悪魔は、完全な情報を持てません。

しかも小さな機械が働く場としては、高分子の溶液や生き物の体液のような、中に細かな構造を持つ液体も期待されています。

こうした液体の中の構造は悪魔から直接見えず、関係する情報の一部が隠れたままになって、機械の効率を下げてしまいます。

それでも、これまでの情報エンジンの実験の多くは、周りとやり取りした情報はすぐ失われると暗に仮定してきました。

2010年に中央大学と東京大学のチームが発表した実験の考え方を、階段の形で表した図です。左から順に見ると、ふだんは平均して下っていく粒が、上に動いたときだけ後ろに壁を置くことで、階段を登っていく様子が分かります。
2010年に中央大学と東京大学のチームが発表した実験の考え方を、階段の形で表した図です。左から順に見ると、ふだんは平均して下っていく粒が、上に動いたときだけ後ろに壁を置くことで、階段を登っていく様子が分かります。Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

研究チームはまず、粒子の位置を1回測るだけでは、液体の記憶に関わる役立つ情報に原理的に届かないことを示しました。

記憶は「ある時と別の時のつながり」の中に現れるため、一瞬を切り取る1回の観測には写らないのです。

記憶を使うには、時間をずらして何度か測る必要があるということです。

次ページ時間をあけて2回測ると、粒に何が起きたのか?

<

1

2

3

>

人気記事ランキング

  • TODAY
  • WEEK
  • MONTH

物理学のニュースphysics news

もっと見る

役立つ科学情報

注目の科学ニュースpick up !!