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歴史で学ぶ量子力学【1】「私の波動方程式がこんな風に使われるなんて…」 (2/3)

2020.03.08 Sunday

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波? 粒子? 浮上した2重性の問題

光の2重性問題は古くからあり、かのアイザック・ニュートンは光を粒子だと考えていました。しかし、同時代の物理学者ホイヘンスは、光がエーテルという媒質を伝わる波であるという主張しました。

この議論は、最終的に光が波であることを示す実験結果が見つかったことで決着します。

有名なヤングの二重スリット実験は、光が波であることを証明するもっとも有力な証拠でした。

二重スリット実験。/Credit:pixabay

しかし、そんな物理学の常識は、アルベルト・アインシュタインの登場によって打ち砕かれます。

「まるで足元から大地が引き抜かれたようで、家を建てるための地盤がどこにもなくなってしまった」アルベルト・アインシュタインの肖像。/Credit:pixabay

アインシュタインといえば、相対性理論で有名ですが、最初にノーベル賞を受賞した功績は、光電効果の原理を説明した功績によるものでした。

光電効果とは金属にぶつかった光に弾かれて電子が飛び出す現象です。

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光電効果。光を金属などに照射すると電子が飛び出す。ア/Credit:Wikipedia Commons

光電効果では、振動数の低い光は長時間照射しても、光量(明るさ)をどんなにあげても、電子が飛び出しません。ところが照射する光量がどんなに弱くても、振動数の高い光を当てると電子が飛び出しました。

そして、飛び出す電子の運動量は振動数に比例していて、飛び出す電子の数は光量に比例していたのです。

これは光を波として捉えた場合、うまく説明することができませんでした。

アインシュタインは光が振動数に応じたエネルギーを持つ光量子だと仮定すれば、全てがうまく説明できることに気づきました。この場合、明るくすることは光量子の数を増やすだけということになります。

電子を追い出すために必要なエネルギーは金属ごとに異なり、飛び出す電子の運動エネルギーは閾値となる光量子の振動数から始まる直線になるはずだ。そして、そのとき描かれるグラフの傾きはプランク定数hになるだろう」それがアインシュタインの考えでした。

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Credit:物理のかぎしっぽ

ここでアインシュタインは、光電効果を説明するために、プランクが生み出した量子仮説を利用するのです。そしてそれは見事に現象を説明していました。

しかし発表当時、光を粒子と捉えるこの理論に多くの物理学者は懐疑的でした。プランク自身も、アインシュタインの光量子に関する論文は素直に受け入れることはできなかったといいます。

アインシュタインは、現代においては偉大な物理学者ですが、当時はスイスの特許局に務める公務員のアマチュア科学者でした。彼の論文は高く評価されましたが、この時点では彼の主張を手放しで信用する人はいなかったのです。

ノーベル賞も、光電効果を説明する方程式の発見を評価したもので、光量子という概念の導入についてはスルーしました。

アメリカの実験物理学者ロバート・ミリカンもその1人で、アインシュタインの間違いを証明してやろうと、10年近くもかけて光電効果の詳細な実験を行いました。

しかしその実験で得られた結果は、全てアインシュタインが正しいことを示すものだったのです。

ミリカンは、この功績により思惑とは反対にアインシュタインの光電効果理論を実験で証明した人として、ノーベル物理学賞を受賞してしまいます。

しかし、その受賞の場でさえも、ミリカンは光が粒子であるとは考えられないと語ったそうです。

結局光は波なのか粒子なのか? どちらについても有力な証拠が出てきてしまい、当時の物理学者たちは大いに混乱しました。

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