誰もが知るジャガイモ、知られざる『出生の秘密』とは?

カレーライス、ポテトサラダ、フライドポテト。
私たちの食卓に欠かせないこれらの料理に、共通して使われている食材は何でしょう?
それはもちろん、ジャガイモです。
ジャガイモは世界中で広く食べられ、栽培されている野菜のひとつです。
でもこのジャガイモ、もともとはどんな植物だったのでしょうか?
ジャガイモ(学名:Solanum tuberosum)は、南米のアンデス山脈の高地が原産の植物です。
ナス科のナス属(ソラナム属)というグループに属しています。
ジャガイモの最大の特徴は、地中にできる丸くてデンプンをたっぷり含んだ「塊茎(かいけい)」という器官を持つことです。
私たちが普段「ジャガイモ」と呼んで食べている部分は、この塊茎のことを指しています。
このジャガイモには、野生種も含めて100種以上の近縁種が存在しており、これらを総称して「Petota(ペトタ)」と呼んでいます。
しかし興味深いことに、ジャガイモに最も近い親戚であるトマト属(Solanum亜属)や、Etuberosum(エツベロスム)属には、このジャガイモの特徴である塊茎を持つ種はありません。
【コラム】ジャガイモに「花と実と種」は存在する?
ジャガイモと言えば、多くの人が地下にある「塊茎(かいけい)」という栄養を貯めた部分を思い浮かべます。この塊茎は、実はジャガイモの茎が太ったもの。芽が出てくる部分(芽目)があって、それを切り分けて土に植えることで、新しいジャガイモが生えてきます。これが一般的に知られるジャガイモの栽培方法です。ところが、ジャガイモにもちゃんと花が咲き、種ができることをご存じでしょうか。地上部分に目を向けると、春から夏にかけて白や紫色をした可愛らしい星型の花が咲きます。その花の形は、同じナス科に属するトマトの花にとてもよく似ています。実際、ジャガイモの花はナス科特有の形をしていて、中心には鮮やかな黄色の雄しべが並び、その姿はトマトやナスを思わせます。そして、花が咲いた後には小さな実ができます。この実は熟してもあまり目立つ色にはならず、緑色のトマトのような見た目をしています。しかし、ジャガイモの実をトマト感覚で口にしてはいけません。ジャガイモの実には毒性のあるソラニンという成分が多く含まれているため、決して食用にはなりません。かつてこの実を食べて中毒を起こした例もあるため注意が必要です。ジャガイモの実の中には、本来の植物の繁殖に使われる「種」が含まれています。この種は非常に小さく、トマトやピーマンの種に似ています。実際、この小さな種を播くことで新たなジャガイモの苗を育てることが可能ですが、私たちが普段食べている栽培用のジャガイモの多くは種から育てることはあまりありません。その理由は、種から育てる方法だと品質や収穫量にばらつきが出やすいためです。その代わりに、ジャガイモの塊茎自体を「種芋」として使うのが一般的になりました。これは種から育てるよりも、収穫量や品質が安定するためです。ただし、この方法だと病気やウイルスが塊茎を通して次世代へと受け継がれやすくなります。そのため近年では、ウイルスなどの病気を避けるため、ジャガイモの種子(本来の種)を用いて無病の苗を育てる方法(TPS法:True Potato Seed)も改めて注目されています。ジャガイモの花や種は普段あまり気にされないかもしれませんが、その背景にはジャガイモの進化と栽培の歴史が深く絡んでいるのです。次にジャガイモを食べるときは、ぜひその地上に咲く花や小さな種にも思いを馳せてみてください。きっと、ジャガイモに対する見方が少し変わるかもしれません。
トマト属の植物は地上に実をつけるだけで、地下には太くなった茎を持ちません。
一方、Etuberosum属は地下に「根茎(こんけい)」という細長い茎を伸ばしますが、これはあくまで細いままで肥大化した塊茎のような構造にはなりません。
つまり、ジャガイモの持つ塊茎という特別な器官は、近縁の植物グループのどの種にも存在しない、ジャガイモ属だけが持つユニークな特徴だということになります。
生物学の世界では、このように他の仲間が持っていない特別な性質を「進化的イノベーション(革新的な進化)」と呼びます。
ジャガイモは、この塊茎というイノベーションのおかげで栄養を地下にたっぷり蓄えることが可能になり、厳しい環境にも耐えられるようになったのです。
では、このジャガイモ特有のイノベーションである「塊茎」は、どうやって生まれたのでしょうか?
その起源については長い間、研究者たちも頭を悩ませてきました。
というのも、見た目ではジャガイモは地下茎をもつEtuberosum属によく似ていますが、DNAを調べると、むしろトマト属に近いという矛盾した結果が出ていたのです。
これは、「ジャガイモはどちらの植物に近いのか」という、進化の謎をさらに深めるものでした。
この問題について、ロンドン自然史博物館の植物学者サンドラ・ナップ氏は、「これまでジャガイモ属、トマト属、そしてEtuberosum属の系統的関係は明確に分かっていませんでした。しかし今回、私たちのチームは、全ゲノム解析を用いてこの謎に本格的に挑むことになったのです」と語っています。
DNA解析ではトマト属に近い、しかし見た目ではEtuberosum属に近いというこの奇妙な矛盾の理由を探るために、研究者たちは本格的な遺伝子レベルの調査を開始しました。
私たちが知るジャガイモはいかにして誕生したのでしょうか?