ジャガイモ進化が示した『ハイブリッドの力』とその可能性

今回の研究によってジャガイモが「雑種起源の作物」であることが遺伝学的に明らかになりました。
ジャガイモ属Petotaの全メンバーに共通する塊茎という革新的形質は、一度きりの異種交配によって生まれ、以後すべての子孫に受け継がれてきたというわけです。
その幸運な偶然は、結果的にジャガイモ属植物の運命を大きく切り拓きました。塊茎を「秘密兵器」として手に入れた祖先のジャガイモは、ちょうど形成されつつあったばかりの当時のアンデス高地という厳しい新天地に進出する生存戦略を得たのです。
塊茎は地下の非常食タンクのような役割を果たし、デンプンと水を蓄えることで乾季や極寒の環境でも植物体を生かすことができます。
また種子や花粉がなくとも塊茎の芽から新しい個体が直接生えて増殖できるため、交雑直後で不稔(タネができにくい)だったかもしれない雑種にも世代を繋ぐチャンスを与えました。
こうして塊茎という「生存パッケージ」を身に付けた雑種の系統は安定して子孫を増やし、やがて南米の高地から平地まで多様な環境へと活動範囲を広げていきました。
事実、現在ジャガイモ属の野生種は高山の草原から温帯の低地まで幅広い環境に適応して分布しています。
研究によれば、各種のジャガイモ野生種はそれぞれゲノム中に受け継いだトマト由来・Etuberosum由来の遺伝子の割合や構成が少しずつ異なる「染色体レベルの遺伝的モザイク構造」になっており、そのおかげで環境に応じた最適な形質を選びとって進化できた可能性が高いといいます。
この研究は、ジャガイモという身近な作物の進化の謎を解き明かすと同時に、進化生物学上の重要な示唆も与えてくれます。
通常、異なる種同士の交雑(種間雑種)は不稔の「進化的行き止まり」になりがちだと考えられてきました。
しかしジャガイモの例は、古代の雑種化がむしろ新たな形質を生み出し、結果的にその系統全体の爆発的な繁栄を導いたことを示しています。
研究者の一人である中国農業科学院のファン・サンウェン(Sanwen Huang)氏は、「塊茎を進化させたことが、過酷な環境下でジャガイモ属に巨大な利点をもたらし、新種の爆発的な多様化を促しました。これが現在私たちが目にしているジャガイモの豊かな多様性の理由なのです」と述べています。
まさに「ハイブリッド(雑種)が進化の触媒となり得ることを実証する生きた例」といえるでしょう。
現在、世界では年間約3億7,500万トンものジャガイモが生産されていますが、作物としてのジャガイモは病害虫や乾燥・高温など環境ストレスに弱い一面も持っています。
今回明らかになったジャガイモの祖先のゲノム情報や、親から受け継いだ重要遺伝子の知見は、今後より強靭で優れたジャガイモ品種を作出するための遺伝的基盤として貢献する可能性があります。
そして何より、本研究はかつて人知れず起きた「自然界の偶然の交雑」が、現代の私たちの食卓にもつながる偉大な作物を誕生させていたことを教えてくれます。
長年謎とされた「ジャガイモはどこから来たのか」という問いに対し、科学はついに明快な答えを提示したのです。
トマト由来の遺伝子「SP6A」がジャガイモの中で塊茎を作るタイミングに関わっているとのこと。
では、元々のトマトの中では「SP6A」がどんな役割を担っているのか気になります。