100を超えるゲノム解析で明かされた『ジャガイモ家系図』の全貌

ジャガイモの起源に関するこれまでの謎を解明するため、国際的な研究チームは本格的なゲノム解析を実施しました。
この調査は、ジャガイモ(Petota系統)と、その近縁にあたるトマト属やEtuberosum属の遺伝情報を広く調べることで、ジャガイモがどのような経緯で誕生したのかを明らかにしようという試みでした。
研究チームは、ジャガイモ属(Petota系統)から101個体、トマト系統から15個体、Etuberosum系統から9個体、さらに比較対象としてそれらとは離れた植物群(系外群)から3個体という、合計128個体分のゲノム情報を詳細に調べました。
ゲノムというのは生物が持つ遺伝情報のすべてであり、これを丁寧に比較していくことで、種同士の進化の関係や共通の祖先を推測することができます。
こうした詳細な比較分析の結果、興味深いことが明らかになりました。
それは、ジャガイモ属の全ての種のゲノムが、2つの異なる植物グループ(トマト属とEtuberosum属)の遺伝子が、まるでパズルのピースのように入り混じった特殊な構造をしているということでした。
このように異なる由来の遺伝子がひとつの種の中に混ざっている状態を「遺伝的モザイク構造」と呼びますが、これがすべてのジャガイモ属の植物に共通して見られたのです。
つまり現在私たちが食べているジャガイモは、トマト属とEtuberosum属という2つの異なる植物グループが、古代に交雑(交配)して生まれた雑種の子孫だったのです。
言い換えると、ジャガイモはひとつの植物から進化したのではなく、2種類の植物が遺伝子を混ぜ合わせることで誕生したことになります。
さらに研究チームは、これら2つの異なる植物系統が、いつ頃、どのような状況で交雑したのかを明らかにしようとしました。
「分子時計解析」と呼ばれる方法を使ってゲノムを分析すると、生物の進化がどれくらいの速度で進むかを推定することができます。
この手法によって明らかになったのは、ジャガイモ属が誕生したのは今から約800万〜900万年前だということでした。
興味深いことに、この時期は、ジャガイモが現在分布している南米のアンデス山脈が急速に隆起し、高い山々が形成されつつあった時代にちょうど重なります。
アンデス山脈の隆起によって気候や環境が急激に変化し、新しい生態系が生まれていました。
ジャガイモの祖先となる植物は、こうした新たな環境に適応しながら進化を遂げたのです。
もともとトマト属とEtuberosum属は約1,400万年前に共通の祖先から枝分かれし、それぞれ異なる環境で別々に進化していました。
しかし分子時計解析から得られた結果によると、これらの植物はそれから約500万年ほど経った800万〜900万年前に再び出会い、交雑によって子孫を残すことができました。
こうして誕生したのが、地下に塊茎という特別な器官をもつ最初のジャガイモ属の祖先植物です。
別々の進化を遂げた植物が再び出会い、新たな種を作り出したというのは、まさに自然が引き起こした奇跡的な出来事と言えるでしょう。
しかし、このような偶然の出会いで生まれた雑種が、なぜどちらの親にもなかった「塊茎」という新しい器官を作り出すことができたのでしょうか?
塊茎ができるには、地下に伸びた茎の先端が膨らんでデンプンを蓄える仕組みを植物が持つ必要があります。
研究チームは、その仕組みを作るのに重要な遺伝子を特定するために、実験的な検証を行いました。
ゲノムをさらに詳しく分析していったところ、塊茎を形成するためには2つの遺伝子が揃う必要があることが判明しました。
まず1つ目は、トマト属から受け継いだ「SP6A」と呼ばれる遺伝子です。
この遺伝子は「塊茎をいつ作り始めるか」というタイミングを調節する役割を果たしています。
そしてもう1つは、Etuberosum属から受け継いだ「IT1」という遺伝子で、こちらは地下茎の成長そのものをコントロールする働きを持っています。
つまり、トマト属の植物が持つ「塊茎を作るタイミングを決定する遺伝子」と、Etuberosum属が持つ「地下茎の成長を促進する遺伝子」が、交雑によって一つのゲノム内に揃った結果、初めて塊茎が形成されるという進化が実現したわけです。
言い換えると、この2つの遺伝子はどちらか一方だけでは塊茎を作ることができず、2つが揃うことで初めてジャガイモという新しい植物が誕生できたことになります。
それでは、本当にこれら2つの遺伝子が両方揃わないと塊茎ができないのでしょうか?
この疑問を検証するため、研究チームは現代に生息している野生のジャガイモを使って特定の遺伝子の働きを人工的に止める「遺伝子ノックアウト実験」を実施しました。
もしこの2つの遺伝子が塊茎形成に不可欠だとすると、一方を働かなくした時に何らかの異常が見られるはずです。
その予想通り、トマト属由来のSP6A遺伝子を失わせた植物では、塊茎が形成されるタイミングが大きく狂い、本来地中にできるはずの塊茎が地上に出てしまうなどの異常が現れました。
また、Etuberosum属由来のIT1遺伝子を失わせた植物では、植物の背丈が非常に小さくなり、地下茎も塊茎もまったく形成されないという明らかな異常が現れました。
このように、どちらか一方の遺伝子が欠けるだけでも「塊茎を正常に作れない」状態に戻ってしまうことは、ジャガイモが2つの植物系統の遺伝子を両方とも揃えることで初めて「塊茎」という革新的な進化を遂げられた、何よりの証拠となったのです。
では、このような特殊な遺伝子セットを揃えたジャガイモは、その後どのように世界中に広がり、私たちの生活に欠かせない存在となったのでしょうか?