■ウクライナの遺跡で、石器時代当時としては巨大な建造物が発見された
■巨大建造物はいくつか発見されており、その配置から計画的に建設されたことが考えられる
■比較的小さな建造物はしだいに使用されなくなっており、これが当時の中央集権化を示すヒントとなっている
ウクライナの小さな町の地下から、巨大な建造物が掘り起こされました。
この発見によって、5000年以上前にその場所でなぜ文化が栄え、そして衰退していったのかについてのヒントが得られるかもしれません。
キール大学の考古学者らによっておこなわれたこの研究は、9月25日付けで「PLOS ONE」に掲載されています。
Governing Tripolye: Integrative architecture in Tripolye settlements
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0222243
謎に包まれたトリポリエ文化
建造物はマイダネツィケと呼ばれる場所で見つかり、大きさはおよそ190㎡。現代のものと比較すると特別に大きいというほどではありませんが、新石器時代当時の建造物に比べるとかなりの大きさです。
5000年以上前に、食事の準備や保存、そして実際の食事などの日常生活のために利用されていたと考えられています。
ではこの建造物を作ったのは、一体どのような人々なのでしょうか。
研究チームは、当時東ヨーロッパに分布していた農耕文化の一つである「トリポリエ文化」の中で建設されたと推測しています。
紀元前4100年~3600年頃、トリポリエの人々はメガサイトと呼ばれる大きなコミュニティを形成していました。
マイダネツィケには3000もの家々が見つかっていますが、それらが同じタイミングで存在していたかどうかまでは分かっていません。そのため当時の人口を予測するのは難しく、少なくて5000人程度、多くて15000人程度だと言われています。
また、彼らが年間を通してメガサイトで暮らしていたのか、あるいはシーズン単位で集まるようなスポットに過ぎなかったのかについても、考古学者の中で意見が分かれるところです。
トリポリエの家々は、基本的には同心円状に配置されており、今回発見された巨大建造物のような長方形の建物も時折確認することができます。