ユネスコ世界遺産が始まったのは1972年のこと。その後、2003年に、口承伝承や文化的技術など無形文化も遺産として保護されるようになりました。
しかし、その中に「匂い」は含まれていません。
確かに、目に見えず、手で触れない匂いを保存するのは困難なことです。しかし、酒屋や古書の香りは、人類文化の一つでもあります。その多くが、時代とともに失われつつあるのも事実です。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの遺産保存研究会(Institute for Sustainable Heritage)は、こうした香りの保存活動を積極的に進めています。
研究員のセシリア・ベンビーブル氏は「文化遺産として保存されるものの多くは、歴史的建築物や遺物などで、香り文化は見落とされがちです。これまで取り組まれてこなかった香りの保存を推進することは重要でしょう」と話します。
「匂い」の保存方法とは?
香りを保存する方法として、ポリマー繊維を香りに晒すものがあります。空気中に漂う香り原因の化合物をポリマーに付着させることで匂いを移すのです。次に、ポリマーに付着した化合物を同定することで、化合物のリストが得られます。これが結果的に香りを作る際のレシピとなります。
もう一つは、匂いのガスサンプルから直接的に化合物を切り離し、同定する方法です。これは揮発性の臭気活性化合物を同定できるため、香水や食品業界で一般的に使用されています。
3つ目は、嗅覚そのものを使う方法で、一般人と香水デザイナーや香りの専門家に、ある特定の匂いについて記述してもらいます。
ベンビーブル氏は、実験で、古書の香りを再現するために2つのルートでアプローチしています。
一つは、その環境で発見された揮発性分子を化学的に再現したもの。もう1つは、香水コーディネーターのサラ・マッカートニー氏による感覚的な解釈によるものです。その後、ベンビーブル氏は、被験者に対し、どちらが古い図書館に似ているかを尋ねました。
結果は驚くべきもので、ちょうど半々だったのです。これは香りを再現するのに、化学的レベルで模倣体を用意する必要がないことを示唆します。
また、保存方法以外に、どの香りを保存するべきかという問題もあります。
歴史的建築物の保護を目的とする団体・ナショナル・トラストの元保存管理責任者ケイティ・リスゴー氏は「遺産に用いられているのと同じ基準が香りにも適用できる」と述べています。「つまり、その匂いが人とどのように関係してきたか、どれほど人類文化にとって重要な位置を占めていたかを判断するのです」と続けました。
判断基準は、歴史的価値や美的価値によるかもしれませんし、あるいは、経済や科学的出来事に深く関与したものかもしれません。最終的に、どの匂いを保存するかは、専門家だけでなく、一般の人々の意見も重要なものとなるでしょう。
皆さんなら、身の周りのどんな匂いを遺したいですか?