実験機械が偶然壊れたお陰で、核電気共鳴が発生していた
現代の科学技術は、多くが原子の磁極変化を利用しています。
MRIでは、まず外部磁気を用いて体全体の水素原子の磁極をそろえることが必要です。
時間が経過すると、そろえた磁極は次第に解消されていきますが、脳や内臓、骨といった組織ごとに、磁極率解消までの時間は異なります。
MRIはこの磁極率の差を測定することで、内臓の構造を描き出しているのです。
このような、磁気を使った原子の磁極統一は「核磁気共鳴法」(原子核を磁気で共鳴させる方法)と呼ばれる技術として知られています。
現在、核磁気共鳴は医療をはじめ、化学、鉱業など、現在社会を支える主要な技術の一つとなっています。
ですが、核磁気共鳴に用いる磁気は空間的に広がるために、ナノレベルや単一原子レベルの磁極制御はできません。
一方、58年前に磁気の代わりに電気を使うことで単一原子レベルの制御も可能であるとする理論が打ち立てられました。
電気は磁気とは異なり、細い針のような電極を使うことで、ピンポイントで原子の制御が可能です。
例えば、砂鉄の山の中に磁石を近づけるとすべて付いてきてしまいますが、核電気共鳴法を使えば一粒だけ取り出せるようなものです。
この2つの方法の違いは、ナノレベルの微小な構造を制御する機器の性能に、決定的な差をうみます。
しかし長年にわたる多くの研究者たちの努力にもかかわらず、具体的にどうやったら核電気共鳴が実現できるかは、不明のままでした。
論文を執筆したアサード氏らも、当初は核磁気共鳴を工夫することで、アンチモン(原子番号51の半金属)の原子に対する磁極変化を試していました。
実験にあたって使われた核磁気共鳴は、微小なアンテナを用いる方法で、アンテナに電気を通すことで磁気を発生させます。
ところが、流す電流が多すぎたせいで、アンテナが焼ききれ、磁気を発生させる代わりに電気の漏電を起こしてしまったのです。
ですが奇妙なことに、この電気の漏電が起きると、アンチモン原子に共鳴が起きていたことが判明しました。
アサード氏らは頭を抱えました。
磁気がないのに核磁気共鳴が起こるはずがありません。
しかしアサード氏らは発想の転換を行い「磁気ではなく電気が原子を共鳴させた」と、仮説を立てました。
つまり、失敗しかけた自分たちの研究が、理論だけの存在であった核電気共鳴を起こしたと考えたのです。
仮説が正しければ、史上初の単一原子に対する核電気共鳴の成功例は既に手の内にあることになります。
あとは58年ごしの不可能を可能にし、常識を一つ変えるだけです。