猛毒水銀の混入
さらに都市の宮殿や寺院に近い2つの貯水池には、高レベルの水銀が含まれていたことがわかりました。
これは地下の岩盤から浸透してきた可能性や、この地域の肥沃な大地を支えた火山灰の降下からもたらされた可能性もあります。
しかし、火山灰が降ったと考えられる他の貯水池に水銀の汚染が確認できなかったことから、研究者たちは別の可能性を考えました。
それは、マヤ人自身が水源に毒を持ち込んだという可能性です。
古代マヤでは色彩が重要な意味を持っていました。彼らは建物の壁画から陶器の模様、その他に埋葬の際にもさまざまなものを飾るために赤い顔料を使用しました。
赤い顔料は酸化鉄との組み合わせでさまざまな色合いを得ることができます。
そしてこの赤の顔料には、赤い鉱物「辰砂(しんしゃ)」を使用していたのです。辰砂は硫化水銀の鉱物です。
辰砂の毒性については、マヤ人も知っていた可能性があります。しかし、どんなに注意深く取り扱っていたとしても、時間が経てば雨水が壁画などの塗料を流し、貯水池へ毒をもたらすことになります。
これは特に塗料で飾られることの多かった神殿や宮殿近くの貯水池を汚染しました。
このため都市の支配者層が毒で汚染された水を毎日飲むことになり、結果的に都市の指導力を低下させた可能性が考えられます。