体の中にアンモナイト? 不思議なトグロコウイカ

トグロコウイカは深海に住むイカの1種で、体長は7cm程度の小さな生き物です。
映像の外見でも奇妙な姿をしていますが、このイカのもっとも変わった部分は体の中に潜んでいます。
上の断面図を見ると分かるように、このイカは体内にアンモナイトのような螺旋状の殻を持っているのです。
この殻は軽く非常に頑丈なため、死んで軟体部が腐ったあとでもこの部分だけ海面に浮き上がり、海岸に打ち上げられたものがよく発見されています。

この特殊な殻は他のイカには見られないもので、トグロコウイカはこの殻内部の液体を出し入れすることで浮力を調整しています。
軟体生物のオウムガイも同じような構造の殻を持ちますが、彼らの殻はもちろん体の外側にあります。体内にこうした構造の殻を持つのがトグロコウイカの特殊な部分と言えるでしょう。
初めて自然の中で泳ぐ姿が撮影された
トグロコウイカはこれまも深海から捕獲されていて、水槽で飼育されたこともありますが、今回重要なのは、初めて自然の中で泳いでいる姿が撮影されたということです。
撮影はグレートバリアリーフの水深850~860mの辺りで、まだ日の残る黄昏時に行われました。
最初ROVを操作していた研究者は何を見ているのかわかっていませんでした。しかしその後、意味に気づき研究者たちは驚きの声をあげています。
シュミット海洋研究所もこの驚きの発見を伝えるツイートを行っています。
Exciting news! This appears to be the FIRST observation of Spirula, aka ram’s horn squid, alive + in its natural environment. Very rarely seen or captured, they have many extinct relatives, but are only living member of genus Spirula, family Spirulidae, and order Spirulida. 1/3 pic.twitter.com/re4rZyRuER
— Schmidt Ocean (@SchmidtOcean) October 27, 2020
トグロコウイカには近縁の種が存在しますが、それらは絶滅しており、この種自体が非常に珍しいものです。生態の多くも未知のもので、野生の姿を捉えた映像は非常に貴重なものです。
スミソニアン国立自然史博物館でイカを研究する動物学者マイケル・ベッキオーネ氏は「私は長い間ずっとこれを探していた」と語っており、フランスのブルゴーニュ大学の研究者ネージュ・パスカル氏も「非常にエキサイティングだ」とこの発見について驚きの声をあげています。
頭が上にある! 研究者が驚く理由

珍しいのはわかりましたが、研究者たちが興奮している理由はそれだけではありません。
この映像の中には、これまでの推定や水槽の飼育からでは謎だった、ある問題を解明する糸口が映っているのです。
「撮影の向きが完全に決まっているのだとしたら、これは革命的な発見だ」ブルゴーニュ大のパスカル氏はそう語っています。
その理由は彼らの頭が上にあるということです。イカは頭足類という呼び名の通り、腕が付いている方が頭です。
トグロコウイカは先に解説したように、頭とは反対側の体内に浮力を調整する螺旋状の殻を持っています。そのため研究者は体が上を向き、頭は下を向いて泳いていると考えていたのです。
これは捕獲されたトグロコウイカを水槽に入れても、頭を下にして泳いでいたため当然だと考えられていました。
しかし、この考え方には問題がありました。
トグロコウイカは光を発生させる発光臓器を浮力のある殻の近くに持っているのです。
発光臓器は海の生物の多くが持っていますが、その目的は捕食者の目を撹乱することです。黄昏時の海では、捕食者の目は餌のシルエットを見つけようと上に向けられています。発光臓器は、そのシルエットを光で隠す役割を持つのです。
ということは発光臓器は当然、下を向いていなければ意味がありません。トグロコウイカが頭を下にして泳いでいたら、発光臓器は上を向いてしまうため、構造的におかしいのです。
しかし、この映像では浮力を持つ殻を下に向けて泳いでいる姿が映っています。そのため研究者たちは「Wow!」と驚いたのです。
まだ多くの謎を残すトグロコウイカ
トグロコウイカは繁殖方法も不明で、未だ謎の多い生き物です。
今回の映像から彼らがどうやって水中の位置を決定しているのか、という新たな疑問が浮かんできました。
しかし、少なくとも彼らは一部の時間では、頭を上にして泳いでいるということが明らかになりました。
この謎を解明するためには、もっと多くの観測が必要だろうと研究者は語っています。
そして、このイカの不思議はこれだけではありません。
映像では、トグロコウイカが驚いて逃げ出す姿が映っていますが、そのとき墨のようなものを水中に吐き出しているのが確認できます。

興味深いのは、トグロコウイカにも墨を作り出す構造は持っているものの、他の深海生物と同様にその機能はほとんど失われていると考えられていたからです。
しかし、今回の映像は墨を吐く器官がまだ機能的であり、防衛のために使用されていることを示唆しています。
映像の中でも、撮影者が「インクだ!」と驚きの声を上げています。
捕獲されていても、実際に自然の中の姿を見なければわからないことは数多くあるようです。




















