子どもにうつった母親のがん
がんは身体のあちこちに転移する可能性のある厄介な病気というイメージはありますが、人から人へ移るという認識はありません。
しかし、母子の間では出産時にがんが移行するケースがあるようです。
国立がん研究センターは、小児がん患者で肺がんも持つ1歳と6歳の男児について、「NCCオンコパネル検査」という方法を使ってがんの遺伝子解析を行いました。
すると、その肺がんには、子ども本人以外の遺伝子配列が存在しているとわかったのです。
他人由来の遺伝子が検出された場合、普通は検査時の人為的なミスを疑います。しかし、今回の研究では少し違ったところへその視点を向けたのです。
この男児2名の母親は、それぞれ子宮頸がんを発症していました。
ひょっとして…と研究者は考えたのでしょう。この子どものがん細胞が持つ遺伝情報を、母親の子宮頸がんの細胞の情報と比較してみたのです。
その結果、男児の肺のがん細胞は2名とも、母親由来の遺伝子情報を持っていることが明らかになったのです。
さらに、男児のがん細胞は、本来男性の細胞に存在するはずのY染色体がありませんでした。これは女性の細胞であることを意味しています。
また、男児のがん細胞には、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスの遺伝子も検出されたのです。
つまり男児の肺がんは、母親の子宮頸がんが移行したことで発症したものだったのです。
この原因について、研究者は次のように考えています。
子どもは出産直後に泣くことで初めての呼吸を開始しますが、この際肺に羊水を吸い込みます。
今回は母親が子宮頸がんを患っていたために、その羊水には子宮頸がんのがん細胞がまじっていました。
こうして母親のがん細胞が、子どもに肺に移行して肺がんを発症させたのです。
母親が皮膚がんなどを患っていた場合、そのがん細胞が胎盤を通る血液を通して子どものさまざまな臓器に移行するケースは知られています。
しかし、今回のように羊水を吸い込んだことが原因で、肺のみに母親から子どもへがん細胞が移行したと確認されたのは世界で初めてです。
母から子どもにがんが移行するというのは、なんとも切ない話ですが、このようなケースでは、治療について希望をもたらす発見もありました。