原始ブラックホールの中は別の宇宙
SFじみた話で簡単には受け入れられない理論ですが、インフレーションのとき、私たちの宇宙から分岐して小さなたくさんの「子」宇宙(多元宇宙)が誕生したという説が存在します。
つまり、宇宙は1つではなく、複数の別の宇宙が多数存在しているかもしれないのです。
そして興味深いことに、アインシュタインの重力理論に従うと、その「子」宇宙が臨界サイズを超えたとき、内側と外側の観測者から、それぞれ「子」宇宙の境界が違ったものに見えると考えられています。
これは去年ノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズが予言した現象ですが、それによると、「子」宇宙の内部から境界を見た場合、それが膨張する宇宙として観測でき、外側から見た場合それは「事象の地平線」として観測できるというのです。
それは私たちが自分の宇宙を観測した場合と、ブラックホールを観測した場合に一致しています。
つまりインフレーションで誕生した「子」宇宙は、私たちから原始ブラックホールとして認識されることになるのです。また、もしかすると、私たちの宇宙も別の宇宙の中にある原始ブラックホールなのかもしれないのです。
まるでファンタジーのような荒唐無稽なお話に聞こえてしまいますが、この多元宇宙の予言と矛盾しない、月質量程度の原始ブラックホールの可能性がある天体が2014年に報告されています。
それはハワイ島のマウナケア山頂に建造された口径8.2mのすばる望遠鏡に設置された、HSC(超広視野主焦点カメラ)から観測されました。
2014年の観測では、HSCは数分おきに巨大渦巻銀河「アンドロメダ銀河」を8億7000万画素という高解像度で撮影し続けていました。
この撮影画像の中に、光の経路を曲げる重力レンズによる星の明るさの変化が観測されたのです。
それは観測するHSCとアンドロメダ銀河の間を、ブラックホールが横切った場合に発生する現象です。
この重力レンズ効果は、星の明るさの変化時間によって間に入ったブラックホールの質量を推定することができます。
太陽質量の場合、明るさは約200日程度変化します。一方月程度の質量の場合、明るさの変化は30分程度で終わります。
月質量程度のブラックホールというのは、通常のブラックホールでは存在し得ないものです。
つまり、そんなものが観測された場合、それは原始ブラックホールである可能性が高いのです。
現在、カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者からなる、国際共同研究チームが、今回の理論と2014年の観測を契機に、HSCを使った多元宇宙を起源とする原始ブラックホールの探索を本格的に始動させています。
原始ブラックホールを取り巻く、とても現実のお話とは思えない驚きの理論が、今後現実のものとして明らかにされていくかもしれません。