クジラが獲得した独自の進化
誰もが知る通り、クジラは地球で最大の生き物で、さらに非常に長寿です。クジラは100年以上の寿命を持つ種があり、ホッキョククジラに至っては200歳を超えます。
当然、長寿のクジラ種は危険な病原体にさらされる機会も多かったでしょう。
そうなると、クジラはこれらの病気から自身を保護するための遺伝子を強化させるように進化していった可能性が高くなります。
がんについても、人間と比較して彼らが体を巨大化させるとともに、がんになりづらい進化を遂げたためだと考えられます。
そこで、研究チームは、2系統のクジラ種、ヒゲクジラとハククジラの遺伝子をDNAシークエンシング(遺伝子の塩基配列を決定する解析)を使って、クジラの持つ1077のがん抑制遺伝子(TSG)を調査しました。
さらにクジラだけでなく、人間を含む15種類の哺乳類についても同様の調査を行いました。
ここで着目されている、がん抑制遺伝子とは細胞のDNAに異常を感知すると、そのDNAの修復をしたり、またはアポトーシス(細胞の自殺)を誘導してがん化を防ぐように働く遺伝子のことです。
結果、研究チームはクジラの複製された71のがん抑制遺伝子を特定し、このうち11個が、より長い寿命と強く相関しているという事実を突き止めました。
これらの遺伝子は、他の哺乳類と比べて2.4倍も早い代謝回転率を持っていたのです。
代謝回転率が高いということは、これらの形質の進化と関連づいていることを示唆しています。
特定された遺伝子の1つは「CXCR2」と呼ばれるもので、これは、免疫機能、DNA損傷、腫瘍の広がりを調節する機能を持っています。
ヒゲクジラでは特にこのがん抑制遺伝を多く持っていました。
200年生きるホッキョククジラでは、この遺伝子数がもっとも多く、逆にバンドウイルカなどはずっと数が少なく、彼らのがん発症リスクが高いことと相関していました。
クジラ類が特定のがん抑制遺伝子のコピー数を増加させているという事実は、彼らをがんや老化関連疾患の発症から保護している可能性があります。
この発見を利用すれば、人間の健康や長寿にも役立てることができると考えられます。
これは別にクジラの遺伝子を人間に取り込んで、がん耐性のある人間を造ろうとかそういう話ではありません。
今回発見されたがん抑制遺伝子をもっと良く研究し、それが果たしている役割や機能の仕方を理解することで、いずれ人間のがん治療薬の制作に役立てられるかもしれない、ということです。
大きく長寿な生物は、何かしらの進化的成功を収めたことで、その強靭な肉体を手にしたのでしょう。
その秘密を理解することで、医療の世界はより強力ながん治療方法を手にできるようになるかもしれません。