物質が光速を超えられないなら、空間が移動すればいい
地球からもっとも近い星系はケンタウルス座アルファ星系と言われています。
この星系までの距離は約4.24光年です。
これは光の速度を使えば4年と3カ月程度で行ける距離という計算になりますが、光速は質量を持たない光子だから達成できる物質の限界速度です。
アインシュタインの一般相対性理論によれば、物質は速度を上げるほど質量が増大していき、光速に達した時点で質量が無限大になります。
つまり、質量を持つ私たち人間を含めた通常の物質は、何をどう頑張っても、光速に到達するどころか、それを超えることさえ不可能なのです。
しかし、ここには1つ抜け道があります。
物質が時空間を光速を超えて移動することは一般相対性理論により禁じられていますが、時空間自体が光速を超えて移動することは禁じられていないのです。
それは宇宙が光速を超える速度で膨張しているという事実からも、証明されています。
そこで登場したのが、メキシコの物理学者ミゲル・アルクビエレが1994年に提案したワープ航法「アルクビエレ・ドライブ」というアイデアです。
アルクビエレ・ドライブは簡単に言ってしまえば、宇宙船をワープバブルという時空間の泡に包んで、その泡自体を超光速で移動させてしまうというものです。
このアイデアでは、宇宙船の後方で小規模なビッグバン(時空の膨張)を生み出し、前方で小規模なビッグクランチ(時空の収縮)を発生させます。
これにより、ワープバブルに包まれた宇宙船は、光速を超えて動く時空間の波に乗って、サーフィンのように移動していけるというのです。
ワープバブルの中は通常空間と同じ状態が保たれているため、ワープしている宇宙船の乗員と、その外から観測する人たちの間に、いわゆるウラシマ効果のような時間のズレは生じません。
これはさまざまな超光速航法のアイデアの中でも比較的現実味がある理論とされています。
ただ、比較的現実味があるというのは、実現できるという意味ではありません。
時空の収縮や膨張は莫大なエネルギーを必要とするため、現実的とは言えないと言われていますし、なによりこのアイデアは物理法則に従っていません。
一番の問題は、アイデアの肝となるワープバブルを形成するために負のエネルギーを必要とする点です。
負のエネルギーは、量子スケールの変動では存在しているとされていますが、私たちが利用できる形で存在するものではありません。
負のエネルギーを必要とするという前提条件の時点で、物理法則としては破綻したアイデアなのです。
そこで、今回の研究が提案したのが、この負のエネルギーの利用を回避して達成できる、アルクビエレ・ドライブの新バージョンなのです。