植物の遺伝子を網膜の細胞に送り込む
匿名のフランス在住の男性は、40年前の18歳のときに「網膜色素変性症」と診断され、ここ20年間ほどは光の明暗がかろうじて判別できる程度の視力しかありませんでした。
「網膜色素変性症」は光を感じる細胞が徐々に死んでいく目の病気であり、原因の多くは遺伝子の欠陥にあります。
そこで今回、パリ視覚研究所の研究者たちは、外部から取り込んだ新たな遺伝子で欠陥を補う「遺伝子治療」を行うことにしました。
ただ興味深いことに、今回の実験で被験者の網膜に送り込まれた遺伝子は人間ではなく、植物のものでした。
一部の藻類は動き回るための鞭毛を持っており、光を感知して日の当たる部分に移動する自走性を持っています。
研究者たちは、この藻類の光を感知する遺伝子に操作を加え、輸送媒体となる無害なウイルス(アデノ随伴ウイルス)の遺伝子に組み込みました。
ウイルスは無害化される過程で病原性と増殖性を失っていましたが、人間の細胞を認識して自分の遺伝子を注入する機能は生きているため、遺伝子の運び屋として使うことが可能です。
研究者たちはこのウイルスを被験者の網膜に感染させることで、光を感じる能力を蘇らせられると考えたのです。
しかし残念なことに、裸眼の状態では視力に変化は現れませんでした。
原因は感知可能な光の波長にありました。
藻類の遺伝子から作られる光感知タンパク質「ChrimsonR」が反応するのは主に「琥珀色」だったからです。
そこで研究者たちは、外界の光を琥珀色の濃淡に変化させる特別なゴーグルを作成しました。