ナポレオン軍を壊滅させた「本当の病原体」が最新のDNA分析で判明
ナポレオン軍を壊滅させた「本当の病原体」が最新のDNA分析で判明 / Public Domain
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ナポレオン軍を壊滅させた「本当の病原体」が最新のDNA分析で判明

2025.08.05 18:00:12 Tuesday

1812年、ナポレオン率いるフランス軍がロシア遠征で壊滅的な敗北を喫した理由として、長い間「発疹チフス」が主な原因だと考えられてきました。

しかしフランスのパスツール研究所(Institut Pasteur)などが行った最新のDNA分析で当時の兵士たちの歯から病原体を調べたところ、従来疑われていた発疹チフスの痕跡は検出されず、その代わりに「パラチフス」と「回帰熱」という二つの感染症が新たに浮かび上がりました。

この発見は、ナポレオン軍を破滅させた真の敵が、食物や水を介して感染するパラチフス菌と、シラミを媒介する回帰熱菌だった可能性を示しています。

果たして、200年もの間誤解されてきた「ナポレオン軍の敗因」は、いま再び書き換えられようとしているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月16日に『bioRxiv』にて発表されました。

Paratyphoid Fever and Relapsing Fever in 1812 Napoleon’s Devastated Army https://doi.org/10.1101/2025.07.12.664512

発疹チフスが原因という説は本当に正しいのか?

発疹チフスが原因という説は本当に正しいのか?
発疹チフスが原因という説は本当に正しいのか? / Credit:Canva

ナポレオンのロシア遠征は、歴史上類を見ない悲劇的な結末を迎えました。

1812年6月、ナポレオンは「大陸軍(グランダルメ)」と呼ばれる巨大な軍勢を率いてロシアへと侵攻しました。総兵力はおよそ60万人にのぼり、当時としては空前の規模でした。

しかし、9月にモスクワを占領したものの、ロシア側は主要都市を放棄して焦土作戦をとり、フランス軍は補給を受けられないまま10月中旬から過酷な撤退を開始します。

そして12月にかけての退却の中で、ナポレオン軍は壊滅的な打撃を受け、最終的にフランスに帰還できた兵士は約5~10万人程度とされています。

歴史家たちの推計では、遠征に参加した約60万人のうち20万〜40万人が命を落としたとされ、その多くは戦闘ではなく、飢餓、極寒、そして「感染症」によるものでした。

特に感染症による損耗は死者全体の30~35%を占めているとされており、飢餓・栄養失調による死亡(25~30%)や低体温・凍傷(20~25%)、戦闘・事故(10~15%)、その他(5~10%)を上回る最大の要因となっています。

実際、当時の軍医や将校たちの記録には、兵士たちに蔓延していた病として「発疹チフス」(シラミが媒介する致死的な感染症の一つ)や下痢、赤痢、発熱、肺炎、黄疸など様々な症状が報告されています。

中でも発疹チフスは「戦争熱」とも俗称されるほど戦場で流行しやすい病であり、発掘調査で大量のシラミが遺体から見つかった事実などから、1812年当時の疫病の主因は発疹チフスであると長らく考えられてきました。

実際、2006年に行われた過去の研究では、歯のPCR分析によりチフス病原体(リケッチア)や塹壕熱の病原体(バルトネラ)のDNA断片が検出されたと報告されましたが、当時の技術的制約から、この結果には不確実性が残っていました。

その結果、ナポレオン軍を壊滅させた本当の感染症は何だったのか、歴史家の間でもはっきりと結論が出ていなかったのです。

こうした歴史の謎に挑むため、フランスのパスツール研究所を中心とした研究チームは、最新の「古病原体DNA分析」の手法で再調査を行うことにしました。

果たしてナポレオンの軍隊を壊滅させた伝染病は本当に発疹チフスだったのでしょうか?

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